没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~

(えっ……)

胸に薔薇の花を挿し、なにごともなかったかのように歩く彼にオデットは眉をひそめた。

(勝手に持っていくなんてひどいわ。丹精込めて育てたバラを盗まれたら、この家の人が悲しむのに)

尾行しているため注意はできずに十分ほど進み、繁華街に入った。

(お店に入るみたいね。あそこは……)

ダニエルがドアを開けたのは、若い女性従業員が接待してくれる酒場。

まだ夕暮れ前の明るい時間帯だが、中から酔客の大きな笑い声が漏れていた。

「マシューさん、待っていたわ。今日もお勤めご苦労様。お疲れでしょう?」

女性従業員の弾んだ声がして、大きくスリットの入った濃いピンク色のドレスがちらりと見えた。

「疲れているから君に癒してもらいに来たんだ。王城騎士ほどハードな仕事はない。今日は俺の部隊が盗賊団を仕留めてね。実に激しい戦闘だった」

「強い男性は素敵だわ」

「それなら俺の恋人になる?」

ドアが閉まると会話の声は聞こえなくなり、オデットは酒場の前に立ち尽くす。

(恋人って……冗談よね。マシューさんと呼ばれていたのは、どういうこと?)