没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~

そう思ったがグレーの詰襟の騎士服を着ているので勤務後に立ち寄ったか、もしくはこれから仕事なのかもしれない。

ルネのはしゃいだ声がする。

「少しだけでも会えて嬉しかった。お仕事前なのに気を使わせてごめんなさい」

「いいんだよ。愛しい君を寂しがらせるわけにいかない。かなり忙しい時期なんだが、できる限り時間を作って会いにくる。どんなに疲れていようともね」

「ダニエル……」

ぼうっとのぼせたように頬を染めるルネを見ながら、オデットはモヤモヤした気持ちにさせられた。

(殿下ならそういう風に言わないわ。公務が多忙なはずなのに、いつも『暇だったんだよ。気にしないで』と言ってくれる方だもの)

ダニエルの言い方だと、自分なら喜ぶよりも罪悪感を覚えそうだとオデットは眉を寄せた。

(でもルネが幸せそうだから、それでいいのかも)

ダニエルはルネと別れて通りを東へと歩き出した。

ルネは父親に呼ばれてすぐに店内に引っ込んでしまったので声をかけられず、オデットはコロンベーカリーの前を素通りして理髪店に向かう。