王都から遠く離れた田舎屋敷には両親と三歳になったばかりの小さな弟がいて、たったふたりの使用人とともにひっそりと暮らしていた。

かつては裕福だったそうだが祖父の代から急に落ちぶれて、他貴族との付き合いはほとんどない。

今は田舎屋敷を維持していくのがやっとの状況で、それゆえオデットは十六歳で王都に働きに出て実家に仕送りをしていた。

家族に会えないのは寂しいが没落貴族令嬢という立場を不満に思ったことはなく、仕事が楽しくて毎日が幸せだ。

そんなオデットがジェラールに目を奪われ胸の前で指を組み合わせていると、官人に横目で睨まれてハッとした。

(いけない。そんなつもりじゃないけど、王太子殿下を見つめていたら勘違いされてしまうわ)

馬車での移動中、官人から王太子が二十三歳の独身だという話は聞かされていた。

平民の分際で決して恋愛面での興味を持たないようにと釘を刺されたのだ。

身分は一応貴族だが、オデットは否定しなかった。

聞かれたら答えてもいいけれど、王都に来てから誰にも身分を尋ねられないので打ち明ける機会はなく、ブルノも知らないことであった。

執務室にはもうひとり男性がいる。