目の前には、ご飯と味噌汁、焼き鮭そして白菜の漬物が並んでいる。

「大したものじゃなくて悪いな」

「いえ、いつも自分で作るんですか?」

「いや、作るって言うほどのものはないだろう。味噌汁はただ野菜を入れて味噌を溶かしてるだけだし、魚は焼くだけだ。漬物は普通に売っているものだしな。ただ、朝食はしっかり食べておきたいだけだ。普段はインスタントの味噌汁に納豆とかだ」

「そうなんですね、なんだか安心しました」

「安心?」
意味がわからないとでも言うように頭をかしげる課長に

「だって、仕事ができてイケメンなのに料理まで完璧とかって単なる嫌味ですよ」

ふっと息を漏らした課長は「相馬にイケメンだと思ってもらえてるんだ」

「それは、課長って女子社員からモーションとかかけられてますよね。飲み会の時とかよくしな垂れかかってる女(ひと)が居るし」

そう言ってから「いただきます」と言ってから味噌汁を一口啜ってからシャケに箸を付けた。

「あれはアレで大変なんだ、うまく返さないとセクハラととられることがある」

炊き立てのご飯はそれだけで甘味があって美味しい、咀嚼してから飲み込んで
「女性からアピールしても男性側に非があるようになるんですか?」

「対応を間違えると騒がれる」

白菜の漬物は柚子の香りがふんわりと感じられてご飯のお供にはもってこいだ。

「大変ですね」

「あんまりそう思ってなさそうだな。ところでこれからどうするんだ?」

泣くという行為は非常に体力を消耗する。
お腹もぺこぺこだったこともあり、ご飯をペロリと食べ終わり、確かに味噌を溶かしただけであろうコクの無い味噌汁を飲み干した。

「ホテルだと流石にもったい無いので、マンスリーマンションを探そうと思ってます。ただ契約するまではホテルになるかと」

「それなら、古くて構わなければこの2階に住めばいいよ」

「古さは特に気にしません。私の家もってアパートですけどかなりの築年数ですし、ただ課長の家族とかは?」

「この家の持ち主は滅多に来れないし、来た時も1階にしかいないから相馬が良ければ住んでくれて構わない。むしろ、2階に誰かいてくれたほうがいいしな。使ってない部屋って傷んでいくのが早い気がして」

「凄く助かります。家賃とか決めてもらえればお支払いします」

「いや、家賃はいいよ」

「それは、困ります」

「そうか、それなら2階の掃除と」

課長は立ち上がりリビング(茶の間?)に歩いていくとベランダにつながる掃き出し窓の前で手招きをする。
課長の視線の先を見ると、所々に花が植わっている形跡があるものの殺伐とした庭があった。

「この庭をきれいにしてもらいたい。もちろん、相馬の生活に負荷がかからない範囲で構わない」

広い庭
「花だけでなく野菜を育ててもいいですか?」

課長は優しい笑顔をみせると
「任せるよ、見栄えがよくなるなら構わないよ。これで契約完了だ」