資料をチェックする。
気がつくと意識が他のところに行ってしまって、今見ていたはずのページをもう一度確認するという実に非効率な状況に至っている。
その原因を作った昌希さんは、お昼から帰ると普通に、実に普通に業務をこなしている。

結局、すでに出来上がっていたはずの資料は退勤時間ギリギリまでかかってしまった。
バックアップをとってから課長との共有フォルダに移して社内チャットで確認の要請をした。
残業決定だ。

データ入力をしていると課長から[問題ありません]と返信があった。
修正はなかったから、今やっている作業をキリのいいところで切り上げて帰り支度をする。
いつものように昌希さんよりも先にビルを出ると、歩道柵に腰掛けるように立っている女性がいた。
パッと見だが、赤茶色の強めのウェーブが掛かったロングヘアで、かなりキッチリとメイクをしているのがわかる。

私なんて仕事終わりだと帰るだけだと思って脂すら取らず鼻がギッタギッタだ、昌希さんと待ち合わせることもあるんだから、気をつけよう。

いつも先にビルを出て、そのまま先に帰るか途中で待ち合わせて帰ることもある。
ラインを確認すると
[今日は遅くなりそうだから先に帰っていいよ]
[飯も適当に食って帰る]
とのメッセージが入っていたので、了解というスタンプを送って駅に向かう。

何となくモヤモヤする。
それはきっと、昼に聞いた昌希さんの彼女の話だ。真っ直ぐに帰る気がしなくて母親に電話をした。

『彩春どうしたの?』

「今日って朱夏いる?」

『今日は細谷さんのところに行くって言ったけど、あっごめんね』

ああああ、もうめんどくさい。

「謝る必要ないし、今から行ってもいい」

一瞬の沈黙ののち
『そうね、ちょうどいいかも知れないからいらっしゃい。というか、彩春は家出中なだけでここは彩春の家でもあるでしょ』

「はははは、わかった」

悠也のことで謝られるのは朱夏からほどではないけど、嫌だわ。
しかも、なんか母さんの様子がおかしかった気がする。

でも、一人でモヤモヤするよりはマシだから気を取り直して電車に乗った。