「本当の父親との話し合いは出来たの?」

「はい」

中華の小皿料理店は木製のパーテーションで区切られていて周りを気にすることなく話ができる。

「奥さんも来て離婚をするそうです」

「じゃあ、その先生と大手を振って付き合えるんじゃない」

久しぶりに会った細谷さんは右手に包帯をして固定していた。

私は頭を左右に振る

「先生は私以外にも生徒と関係を持っていて、他にも愛人がいました」

「完全に遊ばれていたんだ」

何となく、前に会った時よりも冷たい口調になった気がする。

「はい」

「子供はどうするの?」

「産もうと思います」

「一人で?」

そう言われると、一人で子供を産んで育てる事が出来るのか不安になる。

「きみのしたことでオレは好きな人を失ってしまった」

「すいません」

「オレは彩春が好きだ、それはこの先もずっと。きみはお腹の子の父親が必要なんだよね?」

何だろう?まわりくどくて真意がわからない。

「結婚しよう」

「え?」

「その子の父親になるよ。遺伝子はどうであれ戸籍上は問題のない親子になるよ」

あああ、これで安心して産める。
そうか、細谷さんは私を好きになったんだ。

「ただ、オレはいつまでも彩春だけを愛しているから、それをわかってもらえるなら結婚しよう」

「はい私、お姉ちゃんの代わりになるから結婚したいです」

よかった。ごめんねお姉ちゃん。

「じゃあ来年の春、大学を卒業したら籍を入れましょうか。当初は、彩春ときみの卒業を待って結婚しようということにしていたから。それから、婚約指輪に関しては渡すことは出来ないけど結婚指輪は用意するから」

「お姉ちゃんにあげたやつでもいいですよ」

「いや、あれは彩春の誕生石だからダメです」

「じゃあ、結婚指輪だけでいいです」

「では決まりですね。無事に卒業するようにがんばってくださいね」

「はい、細谷さんは優しいですね」

「今日はここまでにしよう・・・」

店を出ると細谷さんは他に用事があるからと店の前で別れた。

お姉ちゃんの代わりでも好きになってくれたのならそれでもいい。
お姉ちゃん本当にごめんね。


一度も振り返ることのない細谷さんの後ろ姿を見ながらさっきの言葉を思い出した。


「今日はここまでにしよう、それからオレは好きな人にだけ優しくすることにしたんだ。キミは彩春とつながるだけの存在で愛することなんて一生ないよ」