酒の威力は偉大だ。
そして、諏訪課長のデキる男具合がよくわかった。
どこかレストランか居酒屋にでも行くのかと思ったら、カラオケだった。

「何か吐き出したいことがありそうだし、ここなら飯も食えるし酒も飲めるし防音もされてるから大声で悪口も言えるぞ」

そう言うと慣れた手つきでタブレットを操作して注文を入れていく。

「飯は?」

昨日からろくに食べていないことを思い出してとりあえずは野菜スティックとおにぎりをリクエストした。
さらに課長はピザとポテト、唐揚げそしてオニオンリグを選択してから飲み放題のメニュー画面を表示させた。

「何を飲む?いくつか注文しておいた方がいいか?」

飲み放題ならと、レモンサワー、モスコミュール、モヒートを選択する。
課長は生ビールと酎ハイ、そしてウーロン茶を2杯選択して送信をした。

「どうする?景気づけに一曲歌ってからにするか?」

「いいえ、大丈夫です」

何度かファミレスやコーヒースタンドに行った事はあったが、風通しの良い店内というか回りに人がいる状態だった。ふと密室になると思ったら急に気まずくなってどうしようかと思っていると、流行の曲が流れ初め諏訪課長がマイクを握っていた。

なにげに上手い・・・・

画面に流れる歌詞を目で追っていると先ほどまで思っていた気まずさがなくなった。
歌い終わって採点が始まったときに扉がノックされ飲み物が次々と置かれていった。
点数は97点だった。
私はレモンサワーで課長は生ビールのジョッキを手に取ると「お疲れ」と言って課長は私のレモンサワーのジョッキに自分のジョッキをあわせるとカチンという音が部屋に響いた。

「課長、歌が上手いですね」

「昔、ミュージシャンを志した事があったからな」

「そうなんですか!」

「嘘だ」

コンコン

訳のわからない嘘をつかれてすぐにノックの音が聞えて店員さんが注文していた食べ物を運んできた。
そして、何故か無言で食べた。

「さて、何があった?」

そう聞かれると、何を言えばいいのかわからなくなる。
自分自身の考えも感情もぐちゃぐちゃで脳内デフラグをしたいくらいなんだから。
でも、こんな風に私の異変に気がついてくれて話しやすい雰囲気づくりをしてくれる。
気がきくイケメンとか絶対に好きになったらダメなやつだ。そうイケメン!ダメ!絶対!
父や悠也・・・真面目そうな二人が裏切るんだもの、こんなモテ男は彼女的なものが何人かいるんだろうな、私にでさえこんなふうにやさしいんだからとか、関係のないことをぐだぐだと考えていると

「薬指のリングが無いことに関係があるのか?」

「へっ」
指輪をもらってから、婚約破棄までの期間が激早だったからそんなにつけていたわけでは無いのに・・・
でも、薬指にリングとか普通に目立ってたんだ。

「はい、彼が他の人とデキ婚することになったんですが、あっ今は授かり婚っていうんでしたっけ?その相手が妹でした」

言葉に出してみると、すごくシンプルな話だ。
話を聞いた課長は流石に一瞬目を見開いたがすぐに表情を戻した。

「そうか」

「びっくりですよね」

「まぁそうだな、妹と一緒に暮らしているのか?」

「母と妹と3人で暮らしてます、だから妹に何を言ってしまうのかが怖くて・・・というよりも妹の姿を見たくないから発作的に家を出てしまいました」

向かいに座っている課長が膝の上で手を組んで前かがみになる。

「それで、今夜はどうするつもりだったんだ?まさか会社に泊まるとかじゃないだろ?」

「どこか安いホテルか見つからなかったらネットカフェとか行ってみようかと思ってます」

「ネットカフェ・・・流石にオススメはできないな」

「でも」今日、家に帰るのは辛い。

「それに、本当はもっと吐き出したいことがあるんじゃないか。相馬は仕事もそうだが、自分一人が我慢すれば、引き受ければという考えを持っているように思う。だが、それでは相馬の心が悲鳴をあげるんじゃないか。本来なら妹にヒトの男を寝とるなと叫んでもいい、そのクズ男に責任の取り方を間違えるなとそれ以前に無責任なことをするなと二、三発殴るくらいしたっていいと思うぞ」

本当は悔しくて叫んでしまいそうだった。でもそんなことをしても元に戻ることはできないし、朱夏の子供の父親を奪うことなんてできないと思った。だから私が我慢すればあとは時間が解決すると思っていた。

「吐き出してスッキリしたらどうだ?そのためにここに来たんだ。泣きたいなら声を出したほうがいい、それだけでもスッキリすることがある」

言われて気がついた、膝にポタポタとシミの粒が降っていた。

泣きたかったんだ

「私は辛い思いをして大学に行ったのに、朱夏はお小遣いを稼ぐ程度のバイトで大学生活をたのしく過ごして、挙句妊娠までして。私の彼を横取りして」
うわああああああああああん

声を出して泣いた。

「だったら取り返したらいい、妹さんが妊娠したのは本人のせいなんだ。相馬が気にする必要はないんじゃないか?自分の浅はかさに今、気がつかなければこの先の試練に立ち向かうことはできないんじゃないか」

「いらない、あんな人もういらない。裏切る人なんて父と一緒だから」

「俺は相馬がその男と結婚しなくて良かったと思う」

うわあああああああん
うわあああああああん

「そ・・おも・・ひっ」
横隔膜が痙攣してうまく声が出ない。それでも大声を出してなんとなくスッキリした。

先に注文してあったノンアルコールの烏龍茶を手渡され一気に飲み干した。

「泊まるところがないなら、俺の家に来い。部屋は余っているし、明日は土曜日で休みだから一晩中吐き出しても平気だ」

「ひへっ・・・でも」

「そんな状態の部下に手を出すほど、こまってはいないし、流石にその状態でホテルを探すのは難しいし、ネカフェはさっきも言ったがオススメできない。よって、俺の家に行くぞ」

確かに、いまから部屋を探すのはむずかしい。

「おでがいします」
気がつくと声も枯れていてなんとか答えることができた。