「大学のゼミの先生」

小さな声で朱夏がつぶやく

「名前は?」

「出雲先生」

「出雲先生はあんたが妊娠している事は知ってるの?」

朱夏は小さくうなづくだけでそのまま下を向いた。

「なんて言ってるの」

「まだ離婚が成立していないから、今は生まれるのは困るって。今回は堕してきてほしいって」

「離婚の予定があるの?」

「奥さんがごねていて離婚話がなかなか進まないって、今回は諦めて欲しいって」

はぁ
私がため息をつくと朱夏は肩をピクリと痙攣させた。

「ねえ、離婚の話は出雲先生が言ってるの?あんた奥さんから話を聞いたの?」

「え?奥さんに内緒にしてるから」

「じゃあ、本当に離婚の話が出ているのか解らないのよね?それに、堕してきてって、無責任すぎるでしょ、お金は?それくらい出すべきでしょ。それとももらった堕胎費用をあんたが何かに使ったの」

朱夏は今度は頭を横にぶるぶると振る。

「お金は貰ってない」

「堕してこいって言っておいてお金も払わないの?子作りするためのホテル代は出すのに?それともそれも朱夏が出してたの?」

「先生は忙しいから、ホテルは最初の一回だけで」

「ホテルは一回だけ?まさか、この部屋に呼んだり相手の家に行ったの!」

朱夏は目の前でまるで小動物のようにビクビクしている。

「そんなことしてない、先生の研究室」

は?
研究室?

「まだ、他の人に知られるといけないから会える時は先生からラインが来て研究室に行って・・・」

「あんた勉強は?単位は大丈夫なの?」

「先生がちゃんと時間割を考えてくれて」

はああああああ
朱夏はさらにビクつく

「ちゃんと時間割って、その前にちゃんと避妊してたの?」

「その・・・先生は私とより深く一体感を感じたいからって」

「それで子供ができたら金も払わず堕してこいって。遊ばれてるだけじゃない」

「違う、先生は離婚したら私と」

「だったら何で急に悠也と結婚することにしたの?そんなに出雲先生の子供を産みたいの?産んでそれを今度は脅しの道具にするつもり?悠也と結婚して出雲先生とダブル不倫でもする予定なの?」

「そんなこと、ただ、堕ろしてからじゃないと会えないって言われて、でも一人じゃ怖かったしお金も無かったから。そうしたら晴子が合コンを開いてくれて細矢さんならお金も出してくれるって言われて。でも、細矢さんが結婚してくれるって言ってくれて、それならこの子を産んでも大丈夫じゃないかって」

「だから、産んでどうするつもりだったの」

「その先のことは考えてなかった。ただ、このままこの子を殺してしまうことが怖くて。堕ろさなくていい方法があるなら、しばらくは先生と距離を置いて子供を産んで先生が離婚をしたらその時に一緒になれればいいって」


「そんなにあんたの都合のいいようにいくわけがないでしょ、あんたのために私を捨てた悠也を最初から捨てるつもりで結婚しようとしたの」

パーーーーン

乾いた音とドサリと身体が倒れる音がして目の前を見ると朱夏が頬を抑えながら床に倒れていた。

母が朱夏に手を上げていた。