「何しに来たの」

目の前にいる男は私の問いに答えることができず目を見開き口も閉まらず呆けたように立ちすくんでいる。
背後から朱夏が声をかけなければ一生このまま二人とも動けなかったかもしれない。

「お姉ちゃん?」

朱夏は来客を認めると「細矢さんいらっしゃい」と声をかけた。

頭の中がぐちゃぐちゃになる。
冷静ではいられないし、ここにいたら朱夏にもひどい事を言ってしまいそうになる.

今も

抑えようとした言葉が溢れてくる。

「この人が朱夏の彼で私と母さんに紹介したい人なの?」

目の前の彼は下を向いているが朱夏はぎこちないながらも笑顔を見せながら
「そうなの、細矢悠也さん」

朱夏はさらに悠也に向かって
「えっと、姉の」

紹介をしようとする朱夏の声に被せるように
「この人が朱夏の恋人ってこと」

悠也は一瞬肩をピクりと震えたがそれに気がつかない朱夏は話の途中で言葉を被せたことに一瞬ムッとした表情をしたがそんなことは無視をしてこの場から離れるために言葉を吐き続ける。

「だとしたら、特に挨拶もいらないし、もし私が反対したとしても朱夏のお腹にはこの男の子供がいるんでしょ、だったら私はなにも話すことは無いし、これからのことは二人でよく話し合って。ただ一つ、大学だけは卒業して、私の苦労を全て水に流すことはしないで」

朱夏は途中から顔の色を無くしていき、体が小刻みに震えている。悠也は手をきつく握りずっと下を向いたまま玄関に立ち尽くしていた。

大きなバックに適当に着替えを放り込んでいると朱夏が慌てて部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、あの」

あの・・・

朱夏を無視して荷物を持つと引き出しに入れた小さなジュエリーボックスを手に持った。

あの・・・

それ以上声の出ない朱夏に「悪いけどしばらくどっかに行ってるから、それからもう朱夏への支援はしない、あの男にしてもらえばいい」
そう言って朱夏の横を抜けて玄関に行くとまだあの男は玄関に立ち尽くしていた。
男の胸にジュエリーボックスを押しつけると、固く握った手を解きジュエリーボックスを受け取った。

「妹まで裏切ったら許さないから」

狭い玄関に立たれると出ていくことができないためジュエリーボックスを持って放心している男の胸を押すと思いのほか力が出たのか、もしくは男から力が抜けていたのか玄関外の通路に尻餅をついていた。

おねえちゃん


朱夏の声が聞こえたが、今の私の精神状態では何を言ってしまうか、やってしまうかわからなかった。
ただひたすら泣くだけかもしれないし、あの男を椅子で殴るかもしれない、私が苦労して学費をだしているにもかかわらず妊娠なんかしている妹を口汚く罵るかもしれない。
でも、そんなことをしても気分が晴れないことも、自分が惨めになることも解っている。それならしばらく一人になりたい。
母がこの場にいなくてよかった。