「昌希くん、これってどう言うこと」

作り物めいた美しい顔を歪ませて昌希さんを睨む。

「食事でしょ?田沼さんが連れて行ってくれって言うから恋人とその父親も一緒に来てもらったんだ。田沼さんは相手に奥さんがいても二人で会うのは平気かもしれないけど、俺は恋人が大切だから田沼さんと食事をするなら二人でと言うのはちょっとね、勘弁してもらいたいかな」 

今まで、こんな風に誘った男に言われた事がないのか口元を歪ませた。

「英子ちゃん、わたしだよ」

英子“ちゃん”ってむしろ娘の私の方が歳の近い女に対して気持ちが悪い。

田沼英子は父さんをマジマジと見てから「誰でしたっけ?お客さん?」

「何を言ってる。わたしだ相馬秋彦だよ、秋にゃんって呼んでくれていただろ」

そう言われても田沼英子はデコレーションされた長い爪を口元に当てて「んんー」と何かを考えている態度をとっている。

て言うか、秋にゃんって・・・私が隣に座っているのを忘れてしまってるんだろうか。
父さんには現実に戻ってきてもらわないと。

「父さん、この方を知ってるの?」

その一言で、ハッと我に帰ったように気まずそうな表情になった。
やっぱり、私の存在は忘れていたんだろう。
気持ち悪さが加速していく、ここに来た事を後悔してきたが我慢だ。

「父さん」
強く呼ぶと弱々しい声で「昔、付き合ってた」と答えた。

その時、漆塗りの膳に色鮮やかな料理が小鉢に入って並んでいる懐石御膳が目の前に置かれていく

「あーあ、こんなに美味しいのに、昌希くんと二人きりだったら良かった」
田沼英子は料理を口に運びながら悪びれる風もなくしゃべる。

「付き合ってたってどういうこと?不倫してたの?」

「すまない」

「本当に記憶に無いんだけど」

このままじゃ平行線だ。

「離婚した理由って、父さんの散財癖と借金だって聞いたけど、それって田沼さんに関係してるの?本当の事を知りたい。私はもう子供じゃないんだから」

父さんは膝の上で強く手を組んでいる。

「本当に悪かったと思ってる。あの頃は、どうかしてたんだ。英子ちゃんにねだられると断れなかった。好きだった。バッグやアクセサリーをプレゼントすれば会ってくれて」

「会うだけとかじゃ無いよね?」

「その・・・抱かせて貰えて」

貢いだらセックスできたってこと?
父親の“雄”の顔に隣に座っているだけで背筋がゾワゾワとする。
「そんなにシタかったの?」

「あの頃は好きだったから、英子ちゃんに会うために、預金を切り崩したりもした。秋にゃんと呼ばれるたびに嬉しくて楽しくて一緒に住むためのマンションの頭金を用意するために彩春たちの学資積立やキャッシングをつかって捻出したのに、離婚して離婚の理由が社内で噂になって女性スタッフにバイ菌を見るような目で見られて居づらくなって会社を辞めたら、わたしが頭金を払った筈のマンションに英子ちゃんの彼とか言うのが居て追い出された。少しでもいいからお金を返してくれ」

「10年前の話なんて覚えていないし、私とそのおじさんが関係があったなんてわからないでしょ」

つくづく呆れる。
田沼英子と暮らしたくてマンションの頭金を家族を捨ててまで作って、あっさり自分も捨てられていたんだ。

「証拠ならある。もう通話はできないが動画とか写真はまだあの頃使っていたスマホに保存してある」

それまで鼻につくほどの落ち着きぶりを見せていた田沼英子に焦りの表情が見えた。

「そのスマホって家にあるの?」

父さんは少し戸惑ったように視線を自分の胸元に送った。

「今、持っているんだ」

私は手のひらを父さんに向けると、出しなさいという無言のプレッシャーを与えた。

「早く、父さんはこの先どうしたいの?ハッキリさせて」

俯きながらジャケットの内ポケットから型の古いスマホを取り出した。
「充電はしてないから中は見れない」
ボソリと言った父さんの言葉に田沼英子はホッとした顔になる。後で見られたとしても今、見られるのは嫌だったんだろう。
と言うことは、二人写っているとかいうレベルではなくエグい写真があるのかもしれない。
父親の性事情なんて見たく無いけど、ハッキリさせたい。
私はバッグからモバイルバッテリーを取り出すと古いスマホにつなげた。
流石に、父さんも田沼英子もギョッとした表情になる。

スマホのパスワードは4桁だ。

「パスワードは?」

何も言わない父さんに、もう一度強いアクセントで聞き返すと「1029」と答えた。
父さんと田沼英子の緊張具合とは対照的に昌希さんは少し楽しそうに私の手の中にあるスマホを覗き込んだ。

「ちなみに父さん、この番号って家族のじゃないけど何?」

しばらくの沈黙の後「英子ちゃんの誕生日」とようやく聞き取れるレベルの音量でつぶやくと「バカじゃない」と田沼英子が吐き捨てた。