「え?」

「昇進を受けるわけにはいかないから、部長には伝えているがそれ以外の人にはまだ言ってないない」

何も言わず昌希さんの言葉に耳を傾ける。

「伯父の会社は元は祖父が興したもので、祖父と祖母の間には伯父と俺の母親の二人しかいない。そして、伯父には子供がいないんだ。だから、伯父の跡を俺が継ぐことになっていてその賄賂というか約束として今、希未達が住んでいるマンションをもらったんだ」

「じゃあ、もう随分と前から決まっていたことなの」

「まぁ、そうだね。高校に入った頃から話が固まって、ただ他の世界を知らずに会社を継ぐのが嫌だったんだ。だから伯父に何か起きた時か俺が35歳になるまでに伯父の会社に入る事を約束したんだが、流石に昇進の打診を断ったことで踏ん切りがついたって感じかな。ただ、彩春のことはラッキーな誤算だったから、もしマテリアルの俺がいいのなら、裏切る形になると思ったんだ」

そんな事を考えてくれていたんだ。
「私は家族の生活の為に安定した企業としてマテリアルに入ったけど、諏訪課長の補佐になって仕事が楽しくなったの。諏訪課長の的確な指示に従ってそれをこなした時の達成感とか、今まで何事もできて当たり前だとしか言われてこなかったのに、課長はいつも褒めてくれた、それがすごく嬉しかった。だから、昌希さんがいなくなったら寂しいけど、別にマテリアルの昌希さんを好きになった訳じゃないから」

「それなら、市ハウジングで俺の補佐をしてくれないか?」

「え?」

「スカウト、前向きに検討してくれると嬉しいよ」

もう、母さんや朱夏の事を考えなくていい。
違う世界に飛び込むのは怖いけど、昌希さんと一緒なら楽しいかも知れない。

「前向きに検討します」

そう答えた頃には(株)市ハウジングと書かれた看板のついた駐車場に到着した。