「····ここは····」

　真っ暗な中で、俺は目を覚ました。
どこかはわからないが、ひとまずベッドだ。
足を伸ばすと布団からもベッドからも両足がはみ出した感覚が····

「俺の足！」

　ガバッと起き上がって利き手で布団をめくる。

「え、右手も····ある？」

　呆然と呟く。
確か取り締まり中の商人達を仲間と追って····よりによって魔の森のすぐ近くで竜笛吹きやがったんだ。
突然２匹の青竜が現れて、騎士３人という悪環境で戦ったはず。
仲間達は食い千切られ、大きな爪で引き裂かれ、繰り出される魔法の砲口で倒れていった。
俺は右手と左足を····

「んぅ····さむいぃ····」

　声に驚いて隣を見ると、黒髪の幼い少年が俺に背を向けて丸くなって寝ている。
小さな手が後ろ手にぽすぽすとか弱く布団を探して叩きさ迷う。

　ベッドはこの少年仕様のようで、狭くて小さい。
起こそうかと思ったが、やめた。
記憶の限りでも、俺以外の騎士は死んだだろう。
この少年は恐らく命の恩人だ。

　ふと視線を感じて暗がりの向こうに目を凝らした。
着けていた甲冑や剣は向こうのテーブルに置かれている。
さらにその向こうには炊事場に、流し台か····誰もいない····気のせいか？

　俺はそっと少年に布団をかけ直し、ぽんぽんと優しく叩く。
すぐに寝息がくぅくぅと聞こえた。

　俺はベッドに座ったまま、呆然と右手と左足を眺める。
あれが夢だと思えないほどには、引き千切られた時の激痛は生々しく覚えている。

『約束、ね』

　この少年の最後の言葉を思い出す。

　質素で粗末な小さい小屋のようだ。
季節は初冬で夜は特に冷え込む。
先ほど見たこの少年の服も、この布団もいささか心許ない。

　１人で住んでいるのか？
見た限り10才いかないくらいの人属か。
それにしても黒髪に、確か黒目。
俺のような獣人で金髪や藍色の目とは違って、数が少ない人属である事も含めてかなり貴重だ。
というか、ここまで濃い黒を髪にも目にも纏う者は初めて見た。
今までよく無事でいられたものだ。

　死んだ仲間達を思うと、とてもではないが寝られない。
しかし寒い。
このままこうしていれば間違いなく凍死する。

　俺はもう１度この小さな布団に潜り込む。
初対面の少年に罪悪感は覚えつつも、抱き込むようにして暖を取る。
子供特有の乳臭さの他に甘い匂いがするが、石鹸か？
俺は夜が明けるのを待った。

ーーーー

『····チカ····』

　体から色が抜けたような、そんな白さを髪と肌に持った人属の幼児が何かを呟きながら俺(・)達(・)に笑いかける。
透明なガラスに血の色が浮かんだような不思議な赤い目は少し垂れ気味で、左目の泣き黒子が幼いながらに色気を出している。
布を交差して巻きつけ、太めの腰紐で留めたような、見たことのない白い服を着ていて素足に藁で編んだ指で引っかけて履くような履き物。
服も履き物も着古していてくたびれているし、少しだらけた襟首から見える首はほっそりしていて簡単に折れそうだ。
あの服ヒラヒラとした長方形の旗のような袖をしているんだが、邪魔にならないのか？

『····サク······』

　隣にいる乳白色の肌に黒目黒髪の人属の少年が何かを語りかける。
鼻筋の通った綺麗な顔立ちで涼やかな目元は冷たい印象だが、幼児を見る目は優しい。
出で立ちはやはりあの袖をした服だが幼児とは形が少し違い、ズボンは全体的に少し膨らみ足元で絞られている。
下履きは皮素材の履き物で身につけているものはどれも上質だ。

　色のない頭を優しくなでると幼児はくすぐったそうに笑った。