「トビ、真面目な話とは?
レンが落ち着いてからでは駄目なのか?」

 ゆっくりと笑顔を張り付けて近づいてくるトビがやけに威圧感を発している。

「アカンし逃がさへんよ、レンちゃん」

 近くにあった椅子を俺達の真正面に置いて腕と足を組んで座る。
一言も発しないが、レンの体が緊張しているようだ。

「単刀直入に言うけど、師匠は生きててレンちゃんがどっかで匿ってるよな?
爺さんが死んだ時に爺さんの体にあった師匠の伴侶紋を自分に反転魔法で無理矢理トレースしたんちゃうの?
師匠を匿うんと伴侶紋を維持し続けてるせいで元々あった魔力は爺さんの死の直後から半減したんちゃう?」

 ····今、トビは何を言った?

 かなりの爆弾発言なようだが、話がぶっ飛んでて入ってこないぞ。
それが本当なら····。

「····どうして、急にそんなこと····」
「意識が朦朧としてたから覚えてへん?
副団長を爺さんと間違えて泣きながら色々謝ってたよ?」
「え····えと、え?」

 レンが困惑した顔で俺を見上げる。
くっ、この角度、たまらん。

「あー、まぁ、うん、そうだな」

 俺の言葉に今度はファルを見るが、肯定するように頷く。

「爺さんが老衰で死んだ時、俺はちょうど森の外に出てておらんかった。
あの日何があったん?
怒らへんから、ちゃんとホンマの事話し」

 不安そうな顔になって俯いたレンに、トビは真面目な顔で問いかける。
トビが怒るかもしれない事をしたという事だろうか。
レンはチラリとトビ見て、再び俯いた。

「ごめんなさい。
どうしても嫌だったの」
「何が?」
「お爺ちゃんだけじゃなくて、お婆ちゃんとトビ君が2人共いなくなるのが」
「それだけ?
何で俺に黙ってたん?」
「それは····」

 レンが俺とファルを見て、口ごもる。

「ここにおる人らには知られてもかまへんよ」

 あれ、俺達を気にしてたのか?

「でも····」
「黒竜はもう気づいてるし、兄さんだけ除け者も可哀想やん。
それで、何で黙ってたん?」

 トビが話を促しながらもそれとなく威圧している。

「····トビ君がお婆ちゃんのもう1人の番だから。
竜は番よりも伴侶にした者を重んじるし、伴侶がいる間は番が近くにいても気づきにくいでしょ。
お爺ちゃんはお婆ちゃんの番で伴侶だったから、特にトビ君への番の認識は全くしてなかった。
トビ君は僕と出会った時にはお婆ちゃんの事を認識してたけど、お爺ちゃんもいる手前ずっと隠してたし苦しんでたでしょ?
なのにお爺ちゃんが亡くなってお婆ちゃんが狂うから、だから今度はトビ君が伴侶になってって言うのは、それまでの事考えたら違うと思ったの」

 一息に話して疲れたのか1度深呼吸する。

「でもお爺ちゃんに言われたようにお婆ちゃんが狂う前に殺して楽にしてやってっていうお願いも聞きたくなかった。
そんな事したら今度はトビ君まで狂うかもしれなかったし、僕はお婆ちゃんもトビ君もそんな失い方したくなかった。
だからお爺ちゃんが亡くなって伴侶紋が消える前に反転魔法で自分にトレースした。
その後お婆ちゃんは本能的に僕を殺そうとしたから持久戦に持ち込んで最後は眠って貰ったの。
お爺ちゃんの花茶が大好きだったから、月花が自生してた場所に連れてってその場所ごと亜空間に閉じ込めた」
「それを維持させ続けるんに魔力が常に半分削られてたんやな」

 トビが大きくため息を吐いた。

「レンちゃん、いい加減にせな今度こそ怒るで?」

 言い終わらないうちにトビの雰囲気が肉食系獣人特有の緊張感を与える物に変わる。
レンもそれに気づいて慌てた。

「トビ君の番の事なのに番じゃない僕が勝手に伴侶紋をトレースしたり、黙っててごめんなさい。
でも僕には番ってどんなものなのかわからないし、だからってお爺ちゃんに続いて2人を失いたくなくて····」
「そうやない。
ホンマにわかってないん?」
「····え、えと····」

 トビ、俺はわかるぞ。
でも途中で話を遮って怒りを滲ませるトビの真意にレンは····多分まだわかっていない。

「下手したらレンちゃんはトレースした時点で死んでたんやで?
伴侶紋てのは最上位の竜が伴侶に与える所有紋の事や。
それを格段に生命力の劣る人属が無断で無理矢理奪ってまうんや。
どんな反動がきてたか未知数やったはずや。
昔それやった魔術師は7日7晩苦しんで体腐らせて死んだっちゅう逸話まである。
そうやなくてもレンちゃんの場合は魔力で足りんかった生命力を補填してたんは知ってたやろ?
あの日も黒竜に呼ばれて森に戻ったらレンちゃんは辺り一面に結界張って出てこおへん。
やっと結界が解けた思ったら小屋は木っ端、辺りは荒野でレンちゃんはそっから意識不明で1ヵ月も死の淵さ迷い続けてた。
あれから体調崩す回数も格段に増えて虚弱体質が更に酷なっていつ死んでもおかしくない状態がずっと続いてるんよ?」
「それは····でも僕の無くなった魔力量は半分くらいだったし、虚弱体質なのはずっとそうだったから多少酷くなっても慣れてるし····」
「阿呆か!
ええ加減自分を軽く考える癖はやめぇや!」

 怒髪天、とはこの事だろう。
ビクッとレンが膝の上で体をすくませたのも気にせず、トビがもの凄い剣幕で怒り出す。

「ぶっちゃけ自分が死んでも大して影響与えんて思てるんちゃうのか!
爺さんが何で師匠を殺せ言うたかまだわからんのか!
レンちゃんがこういう事しでかして下手したら死なせてまうんがわかってたからやと考えつかんかったんか!
俺かてそうや!
こんな庇われ方して嬉しがる思てるんか!
自分の命かかってるんやぞ!
爺さん死んでから何年こんな事続けてたん!
その間に俺にホンマの事言うタイミングはなんぼでもあったやろうが!」

 元々トビは肉食系メルの虎獣人だ。
加えて竜を師匠に持ち、元騎士団団長に鍛えられた事で威圧は俺達騎士団隊長並みに強かった。

 レンは元々悪い顔色を更に悪くしながらも体を小刻みに震わせながら目に涙を溜めて耐えていた。