「ファル、話せない事というのは何なのか知っているのか?
体の傷が魂の負った傷だとどうしてわかった?」

 俺の大声で飛び起きたレンだったが、副団長が抱きしめて背中をトントンしてやると比較的すぐに眠りに落ちた。
体が休息を欲しているんだろう····俺がしたかったが、起こした犯人の俺に名乗りを上げる資格はないとばかりに黒兔に殺気を込めて睨まれた。

 今度こそ起こさないように静かに話そうと心に誓った。

「義父がそう言っていた」
「大叔父が?
そういえば大叔父は他者の魂の歴史を見る異能をもっていると父から聞いた事があります。
確か我が国の陛下も異能持ちで若かりし頃に大叔父と能力を磨き合ったとか。
グランは陛下に聞いた事がありませんか?」
「異能····嘘や誤魔化し、体調なんかを見抜けるとか昔威張ってましたが、それかもしれません」

 獣人には稀に魔力とは別に異能を持って産まれてくる。
レンの夢見のように未来視や直感が神がかり的に鋭いというのもそれに当てはまるが、レンの祖父や俺の父は他者の魂や体の何かを見る事ができるようだ。

 能力の程度と魔力の強弱は無関係だと言われているが、もちろんそれは当人の主観でしかわからないものから明らかに異質な能力だと思うものまで様々で、それでいうとレンの治癒魔法や夢見は異能だと思われても仕方のないレベルだろう。
ただ異能は獣人特有で人属は持たないというのが通説だから、レンはそういう意味でも他人に知られれば狙われてしまうのは間違いない。

「それで、黒竜。
レンの話せない事をあなたは知っているのですか?」

 俺の質問にあえて答えなかった事に気づいたんだろう。
副団長が逃がさないとばかりに一歩踏み込んて尋ねた。
ファルが何かしら答えようと口を開いた時、大人しく眠っていたレンに異変がおきた。

「····ん、ケホッ····ぅえ··ッ」

レンが副団長の膝に座ったまま口元を両手で覆って体を九の字に曲げる。

「レン、吐きそうなのか?!」

 こういう時の為にトビが置いていた小さな桶を差し出すとレンがすぐにそこへ吐き出した。
副団長が小さな背中をさすっているのが地味に苛つく。
ここ数日まともに食べていなかったのか、臭いからして吐いたのは胃液と薬だけだ。

「····はぁ、コホッ、ごめ、なさ····吐いちゃっ、ん」

 小さな体がぶるりと震える。
一気に体温が下がったのか?

「何を謝るんです?
落ち着いたら、これで口をゆすぎましょうね。」

 素直に副団長の差し出す水で口をゆすぐと、ファルが桶に手をかざして黒い炎で蒸発させる。
脇に置かれた桶は無傷だった····便利だな。

「皆獣人さんなのに、吐いちゃって、その、臭い、ごめんなさい。
レイブさんも、お膝の上で吐いちゃって····」

 レンは寒気と吐き気からか小動物のように再び震えながら潤んだ目をして申し訳なさそうに俯いた。
あ、副団長の事ちゃんと認識したんだな。

「こんな時に臭いなんか気にしなくていい。
それより吐き気は大丈夫か?
寒いなら布団に戻った方がいいか?」
「そうですよ、レン。
具合が悪い時は甘えて良いんです。
私はこのまま抱えていても問題ないんですよ。
レンは軽すぎて負担にもなりません」

 ちっ、それとなく抱き続けようとするなよ。
ファルもレンに気付かれないように副団長を軽く睨んだな。

「····ありがとう。
できればこのまま····今動くとまた吐きそう」
「ええ、かまいませんよ。
上掛けでくるみましょうか」

 くそ、嬉しそうにするなよ!
せめてちっちゃい体くるむのは俺がしたい!

 不意にドアを叩く音がした。
こちらの返事を待たずにトビが入ってくる。

「お待たせ~。
レンちゃん薬は飲めた?
てか····吐いてもうた?」

 部屋の臭いで察したらしい。

「ん、やっぱり獣人さんにはきつい?
ごめんね」
「そんなん気にしてどうするん。
それより、薬殆ど吐き出した方が問題やわ。
臭いの感じ的に薬効が体に殆ど吸収されてないやん。
そこそこキツイ薬やから暫く時間置かんと飲めへんし、魔力も回復してへんみたいやから回復の補助もできへんなぁ。
レンちゃんホンマにもう無理したらアカンよ?」

 言いながらぽんぽんと頭を撫で、細い首に手を添えて熱を診る。
そのままレンの手を取り、足先にも触れた。

「全然熱引いてへん。
せやのに手足は冷えてて状態最悪やな。
とりあえず副団長は広間行って団長とすぐ合流して欲しいって。
多分やけど、陛下がしびれきらしてこっち来るかもしれへんよ?」
「はぁ?!
陛下って、うちの陛下がですか?!」
「え、親父が?!」

 あ、思わず親父呼ばわりしてしまった。
トビはケタケタ笑いながら続ける。

「せやから早く団長と合流してあげてや。
兄さんはレンちゃんの側で待機しといてってさ」
「わかりました。
レン、周りをちゃんと頼るんですよ」

 当然だが俺は副団長からすぐにレンを受け取る。
やっと俺の腕に戻ってきた!
力いっぱい抱きしめたい衝動に駆られるが、あまりの痩せ細った感覚に軽いものに留める。
壊しそうだ。

「はい。
レイブさん、ありがとう。
気をつけて」
「ふふ、行ってきますね」

 今度は副団長がレンの頭を優しく撫でた。

 ····おい、やっぱり馴れ馴れしくないか。
副団長は思わずジトリと見やった俺に苦笑しながら部屋から出て行った。
よし、これで邪魔者はいなくなった。

「さて、レンちゃん。
真面目なお話しよか」

 トビがやけに凄んだ笑顔で部屋の内鍵を閉めた。