「母と義父、虎との関係なら最初から知っている」

 ずっと静観していたファルが飄々と答える。

「そういう事やあらへん。
あー、くそ!
ホンマ性格悪すぎちゃう。
レンちゃんも····まぁレンちゃんが悪いわけちゃうわな」

 頭をガシガシと掻くと大きなため息をつき、チラリとレンを見て鞄から小瓶を取り出す。

「今ので興奮したんか汗出始めたな。
この熱冷まし飲んだら暫くは眠れる思うけど、先に飲んだ貧血の薬の影響で消化不良起こして吐いてまうかもしれへんから、一応手桶置いとくわ。
副団長さんはそのまま抱っこしといて。
寝かしたらまたむせ込んでまう。
団長さんへの連絡は代わりにやっとくわ。
ちょっと頭冷やしたら戻ってくる」

 トビは俺に薬を渡して何とも言えない顔で軽くレンを撫でると出て行ってしまった。
一体どうしたんだ?

 レンは疲れてきたのか泣き止みはしたけど全く喋らなくなった。
ただぐずぐずと鼻だけは鳴らして俺じゃなく副団長の首にしがみついて、俺じゃなく副団長にずっと背中をトントンされている。
小さい子供みたいで無茶苦茶にクッソ可愛いな!
庇護欲が大爆発してるな!
が、何で俺じゃないんだ?!

「ファル、トビのあれはどういう意味だ?」

 とりあえずレンとむかつく副団長から目線をそらしてファルを見た。
ファルは相変わらず無表情だ。

「さてな。
レンが正常に戻ればその時に聞け。
兎、レンに手を出せば殺す」
「出しません。
グランも黒竜も大概になさい。
私には世界一大事な番がいるんですよ」

 あ、ファルもちょっとは俺と同じだったのか。
副団長は呆れた顔で俺達を見る。

「レン、薬を飲みましょうか」

 ベッドに腰掛けてレンを膝に乗せ直した副団長が俺の可愛いレンに薬を飲ませたり、俺の可愛いレンの汗をふいたりと甲斐甲斐しく世話をし始める。

 俺も申し出たが、レンの「おじいちゃんがいい」に撃沈だ····。

 つぶらな黒目から涙が新たに溢れてくる事はなくなったが、潤んだ黒目に拒否されて俺の方が泣きそうだ。
それに副団長のまんざらでもない顔がとにかく、とっにっかっく、むかつく。
兎属は可愛らしいもの好きで気に入れば物でも人でも持ち帰って囲い込む習性がある。
副団長のような大兎属もその習性はありそうだ。

 膝に乗せた庇護欲の塊は薬が効いたのか軽く眠り始めた。
それを確認して副団長が口を開く。

「それで、何故レンはこんな事になったんです?
城下にいた時も酷かったですが、ここまでではありませんでしたよ。
番が2人もついておきながら森から拐われた挙げ句、この状況は酷すぎますよ。
以前も言いましたがこの子のお爺さんは私の大叔父にあたり、親戚として、それからこの子のこれからの環境を考えればゆくゆくは養子にしてでも守ると番とも話して決めています。
レンにもその事はすでに話しました」

 殺気立つのを全く隠さない。
そういえば森でそんな事をレンにも言ってたな。
しかし養子にする事までレンに話していたのは初耳だ。

「ふん、気に食わん」
「図星さされて睨んできても怖くありませんよ」
「副団長、レンの事本気で養子にしようと思ってるんですか」
「私は一度口にした事は守りますし、こんな大事な事を中途半端な気持ちで、それも当人に話したりはしません。
レンがその気になればいつでも養子に迎え入れます」

 レンは副団長を大事な祖父と重ねて慕っているのは間違いない。
初めて会ったあの森でも感じられたから、何となく副団長の想いが嬉しい。
恐らくファルも同じだからこそ、副団長の怒りに大きな反発をしないのだろう。
まぁファルからすれば全て不可抗力なんだが。

 俺は広間であった事を伝えた。
全てを聞いて副団長は大きなため息をついた。

「レンは自分を疎かにし過ぎでしょう。
血液の型の事といい、知れば知るほどこの子の知識や魔力は異能のようで危機感を煽られますね。
危う過ぎて、私の家門の力でもこのままこの子に自覚が芽生えなければじきに守れなくなりそうです。
黒竜はこの子が異世界から来たと知っていましたか?」
「この件が終われば森に連れ帰る。
お前の心配などいらん。
初めて会った時からレンの魂はこの世界の魂とは異なる存在だと気づいている」
「あなたの番だからこそ、この件で各国がレンに関心を向けられてしまうのですよ。
投影ではジェロム殿の治療に関する映像だけは映りませんでしたからレンの血が治療に使われた事は知られずにすみましたが、少なくとも魔の森の執行者として竜人を簡単に御せる黒を纏う人属が黒竜の番でもあると周知されてしまったのです。
今後はあらゆる方法でこの子を狙う者が確実に出てくるんですよ」

 副団長の冷静な言葉にファルは不機嫌そうなため息をついた。

「だとしても森の中にいれば問題はない。
拐われたのもレンが望んでいたから見逃した。
だがレンも行動を決めかねていたからグランやあの使えん王弟が防いだならそれも良しと成り行きに任せたまでのこと。
レンも未だに話さない事もある。
話せない事もだ。
あれは魂そのものに傷を負っているが、体にその痕跡が現れる程傷が深い。
何がその傷を悪化させるかわからんから無理強いしてまで聞き出すつもりも、お前達に聞き出させるつもりもない」

 ファルがそれとなく副団長に釘を刺す。
魂の傷についてはゼノリア神から聞いていたし、副団長にも伝えてあるが、ファルも知っていたのか。

 話せない事····気になるが、愛おしく可愛らしくも、いつか消えてしまいそうなほどに儚い番を何があっても失いたくはない。

 ····ん?
ファルは何で魂の傷が体に現れてるって知ってるんだ?
まさか····いや、しかし····。

「ファル····お前、まさか····見た、のか?」

 声が知らず震えてしまう。

「何をだ」

 煩わしそうな顔をしても引くに引けない。

「レンの体にある痕跡、つまりレンの、レンの上半身だ!」
「········まあ、見た。
不可抗力だ」

 言いたい事がわかったのだろう。
一瞬無言になってから、いつぞやの俺と同じ言葉を口にする。

「何だとぉ?!」
「んや?!」

 レンがビクリと小さく悲鳴を上げて副団長の膝の上で飛び起きてしまう。
大声を出したのは不可抗力だと俺は思う!
が····。

「す、すまない、レン」
「グラン····」
「大丈夫ですよ。
私が守りますからね、レン」

 ファルには不機嫌そうに睨まれ、副団長には優しげなレンへの言葉とは真逆な明確に殺意のこもる眼差しを向けられた。