「どうして1人で抱え込む!
いい加減にしろ!」

 更なる怒声でレンはビクリと体を強ばらせたが、止まってやれない。
初めて番に感じた怒りを抑えられない。

「俺はお前やファルに比べれば頼りないのかもしれない!
大事に想う気持ちもお前からすれば迷惑なのかもしれない!
でもな、愛してるんだ!
お前の帰る場所になりたいんだ!」

 途中までは初めて俺に怒鳴られた驚きの方が勝っていたんだと思う。
ずっと体を固くしていた。
けれど最後の方の言葉を投げつけた瞬間、レンの中の何かの琴線に触れたんだろう。
キッと睨むレンの黒い瞳とぶつかった。
思わず少し腕の力を緩めた。

 番の生身の感情を初めてぶつけられて、こんな時なのにほの暗い喜びがせり上がる。

「····ふざけた事を言わないでよ!
私の事を知らないから!
だからそんな軽はずみな事が言えるんだ!
軽はずみな事を言えば身を滅ぼすだけだっていい加減わかりなよ!」

 叩きつけるように感情を吐き出すと肩でぜいぜいと息をし始める。
もう体力がほとんどないんだろう。

「だったら教えてくれ。
レンは何を隠してる?
····いや、違うよな。
レンはもうずっと何かに傷ついているし、ずっと何かを恐れてる。
本当はずっと怯えているんじゃないのか」

 息をのみ、黒い瞳が揺れてくしゃりと顔を歪ませる。
やがてぽたぽたと雫が溢れて柔らかな頬を伝う。
それでも最後は怒りの任せて睨まれた。

「う、るさい!
うるさい、うるさい、うるさい!」

 小さな手が俺の胸をドンと叩く。
正直、物理的には全く痛くはない。
当たり前だ。
もう立つのも呼吸する事すらも精一杯なんだろう。

 ただ、今の癇癪を起こすレンに(こころ)が痛む。
さっきから何度も魔力が暴走しそうになって金色の光が膨れ上がってはファルの黒い魔力の粒子が混ざり合い、抑えて霧散させている。
血を失ったせいで気が枯渇すれすれになって本当に余裕が無くなってきているんだろう。

 少し前にゼノリア神に言われた事を思い出し、そっと獣気を痩せて小さくなった体に流してやる。

「····あ、愛なんか····無駄、だ。
そ、れに····もう····だれ、も····傷つ、狂わせ、な····もう····もう、いやだ············怖い」

 最後の言葉は本当に消えそうな声音だった。
レンは両手で顔を覆うと、小さくすすり泣く。

 それまでレンの背後で見守っていたファルが近づき、小さな頭を背後から優しく撫でる。

「レン、俺達はお前が何であろうが愛している。
お前の心も守りたい。
お前が化け物だろうが、外見や中身がどれだけ醜かろうがかまわん。
お前が何も教えずとも愛し続け、お前が帰る場所に、そして生きる場所になれるように在り続ける」

 ファルの言葉に覆っていた手が下りる。
グズグズと鼻を鳴らす泣き顔も可愛らしいが、それよりも胸が痛む。
その瞳にはこれまで隠してきただろう絶望が色濃く宿っている。
今にも消えてしまいそうな程に危うい番は、きっと自分を責めている····。

「信じられないなら、信じなくていい。
俺とファルが好きでやってる事だ。
信じられない自分を責めなくていいんだ」

 ほんの少し涙で溢れる目を見開く。

「ただそれを言葉で、態度で示し続ける事だけは許して欲しい。
前にも言ったように番だからじゃない。
レンだからそうしたいんだ。
愛してる、レン。
俺の唯一」

 再び腕に力を込めて抱き寄せる。
今度は抵抗されなかった。

「俺達の気持ちは変わらない。
愛している」

 撫でていた手を頬にずらし、ファルがゆっくりと小さな後頭部に口づける。

「····うっ、ふっ、え····」

 俺の胸に顔を押し付けて再びくぐもった小さな声が漏れる。
レンの小さな左手は頬にあったファルの指、右手は俺の胸下の服をそれぞれ握りしめている。

 どれぐらいそうしていたのかわからない。
不意にレンは大きなため息のような息を吐くと膝から崩れ落ちた。

「漸く気を抜いたな」
「そのようだ」

 俺の言葉にファルが頷く。
俺は抱き止めたレンを横抱きにして顔を覗き込む。
顔色は真っ青どころか色を失っているし、唇の色は青くなっている。
息も上がり、寒いのか体が小刻みに震えている。

 ファルが長丈の上着を掛け、俺はレンを抱えたままくるむ。

「急いでトビの所に連れて行こう」

 ファルも頷いて広間を後にした。