下準備は完了しました。

一人でやったので、少々時間がかかってしまいましたが、許容範囲です。

では、ここから本格的に生地を作っていきましょう。

ボウルに、計量した砂糖と卵を入れ、泡立て器でかき混ぜる…間に。

折角ですので。

「湯野さん。飾り付け用と、生地の間に挟む生クリームを、ハンドミキサーで泡立ててください」

と、私は頼みました。

湯野さんは、まだ果物を弄っていましたが。

「えぇ?ハンドミキサーなんかないじゃん」

「向こうの調理棚に置いてあるそうなので、取ってきてもらえますか」

「はぁ、面倒臭…」

と、湯野さんは溜め息混じりに、家庭科室の戸棚からハンドミキサーを取りに…行きましたが。

「あれ?本当にないんだけど」

と、湯野さんは言いました。

何ですって?何が?

「ハンドミキサーなんてないよ?泡立て器ならあるけど」

と、湯野さんは言いました。

泡立て器なら、私も今使っています。

しかし、文明の利器、ハンドミキサーがないとは、これは如何に。

そこで、私は気づきました。

他のテーブルで、他のグループが、ハンドミキサーを使っています。

つまり、家庭科室に備えてあったハンドミキサーを、既に他のグループが持っていってしまっていたのです。

下準備に時間を取られているうちに、まさかハンドミキサーまで取られてしまうとは。

これは不覚です。

後ろを取られた気分ですね。

調理器具の数に限りがあることを、想定していなかった私のミスです。

「えー。ハンドミキサーなしで、生クリームって作れるの?」

と、湯野さんは呑気な声で聞きました。

さて、それはどうなのでしょう。

生クリーム本体の容器には、ハンドミキサーで泡立ててください、と書いてありますが…。

私が昨日、得た知識によると。

「確か、泡立て器でも出来ないことはないはずです。ただ、かなり時間がかかります」

と、私は言いました。

「こうなっては、仕方ありません。ないものねだりをしてもしょうがないですから。氷水を張った器にボウルに浸しながら、泡立て器でひたすらかき混ぜてください」

「うわ、何それ重労働じゃん。電波ちゃん、パス」

と、湯野さんは私に丸投げしてきました。

凄く軽いノリで、重要な役目を任せてきましたね。

生クリームがなければ、ロールケーキはただの丸めたスポンジケーキです。

それはそれで美味しいのかもしれませんが、それはロールケーキではありません。

「電波ちゃんアンドロイドなんでしょ?だったら疲れないじゃん。頑張って」

と、湯野さんはにやにやと、お得意の悪癖な笑顔を浮かべて言いました。

成程、確かにその通りです。

「分かりました。では生クリームは私が泡立てるので、湯野さんは生地作りをお願いします」

と、私は言いました。

では、これから生クリームを、全力で泡立てるとしましょう。