「戻してないよ? ちゃんと、勇者の杖は装備したままに……」

「そうじゃなくて。碧ちゃんから、碧くんに」

 顔をのぞき込まれて、ドクンと心臓が跳ね上がる。

 ドドローン。
 画面から目を離したから、椿くんに必殺技をあびせて勝ってしまった。

「あ、うん……そう、ですね」

 緊張でなぜか敬語になる。
 ユーウィンの文字より、今はこっちの方が優先。

「あ、当たっちゃった」

 それほど悔しそうにするでもなく、椿くんはコントローラーをソファーに置いた。

「もう少し、一緒にいたかったな」

 お互いの指先が触っている。
 こんなの……普通の子だったら、自分は特別なのかもしれないって、勘違いしちゃうよ。

 でも、わたしは大丈夫。椿くんの秘密を知っているから。

 ーー椿、好きな子いるよ。もう何年も前から。

 そのセリフが、舞い上がりそうになる心を現実へ戻してくれる。

「そろそろ、寝よう。今日は遅くまでゲームできて楽しかった! おやすみ」

「……碧」

 しっかり顔を見ることなく、わたしは階段をかけあがった。

 息が苦しくて、目頭が熱くなってくる。

 勘違いしたらダメ。だって、一度でも好きだと言われたことがある? 答えは、ない。

 あたり前だよ。女でも男でもないわたしが、恋愛対象として見てもらえるはずがない。

 真っ暗闇の廊下で、ぐすんと鼻をすする音だけが響く。