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「引退のことを考えたのは、芸能界に入ったばかりの頃だった」

「え、そんな前に……?」


それってもう、2年前くらい……。

入ったばかりなのに、どうして?


「元々俺が芸能界に入ったのは不特定多数の女にキャーキャー言われるためでも、自分の声を認めてほしいって思ったからでもない」

「前にも言ったと思うけど……さっきのステージでも言った」

「あ……」


遥が芸能界に入った理由。

それは……。


「うん。胡桃を振り向かせたかったから」

「っ!!」


目を細めて、これでもかと優しく笑う遥に、胸がぎゅっと苦しくなる。


「やっと胡桃と付き合えて、両思いになれて。でもそのときに思ったんだ。せっかくまた一緒にいられるようになったのに、胡桃に寂しい思いさせてる。いっしょにいられる時間が、また少なくなってるって」


「はる、か……」


「文化祭のときもそうだし、今回のライブもそう」

「俺が上に行こうとするたびに、また一緒になれたこの距離が離れる。いくら気持ちはつながってても、いくら一緒に住んででも、会えない時間が大きすぎて、もう嫌なんだ」


─────なんて、苦しそうなんだろう。

遥の全身が、つらいと叫んでる。


「それは、中学のブランクもあって尚更。胡桃の顔を見られない、胡桃の声が聞けない、胡桃にふれられない時間がないのは、もう、つらすぎて」


「っ、でも……っ」


私だって嬉しい。

遥と一日一緒にいられるなんて。

朝から夜までずっと。

でも、せっかくここまで大きくなれたのに。


「俺は胡桃だけでいい」

「え……?」

「いくら叩かれようと、俺は、胡桃が胡桃だけが俺の声を、俺の歌を好きだって言ってくれたらそれでいい」

「歌ならどこでも歌える。俺は胡桃といっしょに、胡桃の隣で歌っていられたらそれでいい」

「っ!!」


「この世界中で、胡桃さえ俺の歌を好きだって言ってくれたら、俺はこれ以上に幸せなことなんてない。

自分の歌を捨てることよりも、自分の名声を捨てることよりも、胡桃といられる時間がないことがどんなことよりも苦しいし、つらいんだよ。俺は……」


─────芸能界を捨ててでも、全てを捨てても、ずっと胡桃といたいんだよ。


「っ!!」


瞬間。


『僕の世界が色づくのは』


ふたりが、最後に歌った曲が思い出された。


僕にとっての一番はいつだって君で

僕は 君がいてくれるだけでいい

すべてを捨てて 差し出して

世界を敵に回しても

君しかいらない

一生君と 一緒にいたい


君が 君だけが

僕の歌を好きでいてくれたら

僕を好きだと笑ってくれたら

変わらず隣にいてくれるなら

いつだって僕は

君に恋をして

君を 君だけを 愛そう