私でさえ聞こえるか、聞こえないかくらいの小さな声だったけれど。


「はる、か……?」


ぜんぶって……確かに、聞こえた。


「っ……ごめん」

「えっ」


なんで謝るの?

そう思っているうちに。


「胡桃」

「遥……?」


いつの間にかおでこが触れあって。

グッと胸が締めつけられる。

なんでそんな、苦しそうな顔……。


「ねえ、遥」

「なんでもない。撮影前に変なこと言ってごめんな」


声は切羽詰まったように低く掠れていて。

何かを我慢するように、堪えるように。

一瞬フッと目を閉じた遥だったけれど、まっすぐ私を見て。


「行ってくる」

「はる……んっ」


再度名前を呼べば、ふってきたのは優しいキスだけ。


「遥ーー!まだかー?」


「はぁ……清見のやつ……。
ほんと1人にしてごめんな」


「あ……ううん、私は大丈夫だよ」


その言葉の続きを聞きたい。

それは私の心の声が聞こえる遥なら、十分にわかってるはずなのに。


「すぐ戻ってくる」


ふっと目を細めて笑うだけで。

私は部屋を出ていく後ろ姿を見ていることしかできなくて。


ぜんぶって……そういうこと、だよね。

意味がわからないほど鈍感じゃない。


最初は抱きしめられたり、キスするだけで精いっぱいだったのに。

寂しいって思うたびに、離れなきゃいけないって思うたびに。


もっとふれたい。もっとふれてほしい。

もっと、もっと、もっと。

遥がほしい。


時々心の声でも、口にも出してたと思う。


ねえ、遥。

私だって、私も……。

遥と同じなんだよ。
遥のぜんぶがほしいって思ってたのに。


なんであんな苦しそうに笑うの。

どうして、謝るの……?