もう、キスだけじゃ足んない。



「ふっ、ぁ……」

『なんで……キス……っ』


うしろからのぞき込むように重ねた唇。


「こっち向いて」

「んっ……!」


うしろからキスしづらい。

そう思って、今度は正面から抱きしめて深く唇を重ねる。


「っ……」


それにゴクッと誰かが息を呑む音がした。


『っ、はる、か……』


甘い心の声と、ぎゅっと俺の胸元を握る手が震える。


『声、が……息が、苦しい、』


うん、ごめん。

でも、もうちょっと、だから。


より一層強く抱きしめた腕の中、だんだん胡桃の体から力が抜けていくのがわかる。

本当は、こんな大勢の前で深いキスとかしたくなかったけど、これも演技のため。


胡桃が俺から離れてくれるように。


『っ、もう……っ』


そう、そのまま。


「やめ、て……っ」


なんとか力を振り絞ったらしい胡桃の手が、俺の胸をグッと押して離れる。


「そうやって、最初から抵抗しろよ。
そうしないと俺、おまえになにするかわかんねーよ」


「っ!!」


キッと俺を見上げた瞳が、ハッと見開かれた。


本当にごめん、胡桃。


こんなこと彼女に言いたくなかったけど、これもぜんぶ撮影のため。

なんて心の中で理由つけといて、本当は俺の本心でもある。


いくら撮影中とはいえ。


やめてとか言いつつ、無理に抵抗しようとしないところとか。

俺を呼ぶ甘ったるい声とか。


理性ぐらぐら。

我慢すんの必死なんだよ、俺。


どうすんの、こんなところで盛っちゃったら。


「早く行けよ。執事、待ってんだろ」


『そっか……これもぜんぶ演技だから……』


そう、演技だよ。

胡桃をわざと突き放すための、演技。


まっすぐ見つめてうなずけば、意図が分かったらしい胡桃もそっとうなずくと、ゆっくり口を開いて。


「ご、ごめんなさい……っ」


少し震えたような声で俺を見たあと、すぐに背を向けて去っていく。