「本当に好きにやっていいんですか?」
「いいよ」
『なにするつもりなの遥……!?』
胡桃がギョッと俺を見た気がするけれど、俺はそのまま話を続ける。
「さっきと同様、声は拾わないから、好きなように出してくれていいよ。セリフがあるのは最初の告白シーンだけだから」
「わかりました」
「わ、わかりました……」
「どうする?一応リハしとく?」
「いえ。もうこのまま始めちゃってください」
『えっ!?』
「おっけー!準備できたら教えて!」
「あっ、ちょっ……」
「大丈夫」
ランランとスキップで席へと戻っていく監督を追いかけようとするその両手をとって、ぎゅっと握る。
「どうするの……!?」
「大丈夫。
俺がこうしてって小声で言うから、胡桃は心の声で応えてくれればいい。どうすればわからなかったら、そのときも心の声で聞いて」
「なんで心の声……」
「いくら声拾わないって言ったって、あまりに話してたら演技になんないし」
「で、でも……」
それに。
「前もってなにするか、わかってたら意味ないだろ?」
「え?」
耳元に唇を寄せて囁けば、ビクッと体を揺らす胡桃。
俺は今、胡桃の許嫁で友達で、幼なじみで。
お嬢様に突き放される役。
「ちょっと強引なことするかもだから、迷わず突き放してよ」
「え!!」
『なにする気……!?
っ、でも、突き放すなんて、そんな……っ』
いやだよって眉をさげる胡桃に、飛び上がりそうなくらいうれしい反面、またこんな顔させてるって苦しい気持ちが半分半分。
俺だっていやだ。死んでもいやだ。
大好きな彼女に突き放されるとか、正直立ち直れないというか、トラウマになるレベルでされたくない。
でもこれは演技だから。
「その分、あとでいっぱい甘やかして。
俺も甘やかしてあげるから」
あとでいっぱい癒してくれたら、俺、がんばれるから。
「じ、実はそれが目的だったりする……?」
「それもある」
けど一番は。
ちらりとその人のほうを見れば、さっきからずっと俺たち……というより俺を見ている日向さん。
いくらアドリブとはいえ、演技とはいえ。
胡桃を抱きしめて、手をつないだこと。
俺で上書きしなきゃ気がすまない。
あの人の前で、見せつける。
胡桃は俺のだって。
日向さんから見れば、めちゃくちゃいやなやつに思われるかもだけど。
ひどいやつだとか、薄情者だとか。
先輩だからとか、後輩なのにとか。
どうでもいい。興味ない。
胡桃さえ俺を好きだって言ってくれたら。
胡桃さえ俺の隣にいてくれたら。
それ以上にほしいものなんてないから。
「がんばろうな、胡桃」
「う、うん……」
ここにいるスタッフや、日向さんたちの前で。
胡桃は俺のだって、刻みつけたい。



