もう、キスだけじゃ足んない。



ここは撮影現場で、てっきり緊張したり、はずかしがっているかと思えば。

案外周りが見えなくなるくらい、俺と話すことに夢中になってくれる胡桃がかわいすぎて。


「はぁ……ほんとに仲良いね、ふたり。
おじさん、めちゃくちゃ申し訳ないことしたように思うよ」


「めちゃくちゃ申し訳ないって顔してませんけど」


そうなら、そもそも最初からヒロインに胡桃を選ばねーだろ。


「あ、バレた?」


「───ッチ」


「遥……!!」

『なんか遥ふだんより口悪い?
どうしたの?』


悪いよ。だって胡桃のことになるとすぐに余裕なくなっちゃうから。

胡桃の前ではなるべく出さないようにって決めてるけど、この監督。

今まで一緒に仕事してきたスタッフの中でずば抜けて腹が立つ。


「じゃあシーンの説明はじめるよー」

「……」


なんもなかったみたいに、話進めるとこともほんとイライラする。


「許嫁は、立場的にはふたりの仲を裂く邪魔者に見えるけど、お嬢様との仲は良好。友達みたいな関係って設定ね」


へえ、友達、ね。

だいたい許嫁とかって、マンガでも小説でも、邪魔な存在として扱われてることのほうが多い気がするからちょっと意外だ。


「特別出演ってことで、許嫁が出るシーンはここだけだから」


許嫁って言い方やめてもらえます?

なんか、妙にイラッとくるんで。


「大まかに言えば、執事の元に向かおうとするお嬢様を引き止める。でもお嬢様はそれを突き放して執事の元へって感じ」


「はい」


「ただ腕を引くだけじゃおもしろくないから、バックハグでもなんでも。遥くんに任せるよ」

『ええっ!?』


とたんに心の声が大きくなる胡桃に、また噴き出しそうになる。

そんな顔真っ赤にしなくても……イケメン日向さんが相手のときは、あんなに淡々とこなしてたのに。

そのギャップにまた胸が弾む。