もう、キスだけじゃ足んない。



「家帰ってふたりきりのとき。
またそういうの着てほしいな」

「はあ!?き、着ないから!」


『遥のばか、変態』


あ、また聞けた。ほんっと最っ高。

あー……今俺、顔やばいだろうな……。


勝手に口角上がってる。頬がゆるんで仕方ない。


こんな情けない表情も胡桃にしか見せたくない。

そう思って胡桃の肩に顔をうずめる。


「ねえ、遥」


「うん?」


「さっきの……」


「キスしてないだろ?」


「うん。してないよ」


顔は真っ赤なままだけど、なんともないように、スパッと否定してくれた胡桃に俺もうなずく。


そう。

あのときなんでキスしてないってわかったかって。


胡桃は顔に出やすいタイプだから、すぐにわかる。


撮影前夜。


『日向さんは、あまりアドリブとか入れないと思うけど。もし万が一急にさわられるようなこととか、いやなことあったら、迷わず突き飛ばせ』


『つ、突き飛ばす?』


『うん。そんなことしない人だと信じたいけど、急にヒロインに指名してきたくらいだし、なにしてくるかわかんないから。胡桃にいやな思いだけは、させたくない』


『遥……』


『約束して』


『わ、分かった』


それもあったし、胡桃がいつも通りでいてくれてることがなによりの証拠。


何年見てきたと思ってんの。

些細な変化くらい、すぐにわかる。


前も俺に寂しいって言うの我慢してたときもそう。


正直今でも、我慢してるって分かった瞬間に、「寂しいって言っていいんだよ」って、言えばよかったって後悔してる。


「胡桃」


「うん?」


「平気か?」


「うん、大丈夫だよ」

『遥がいてくれるから、遥を想ったらがんばれる』


胡桃……。


「あのー、おふたりさん。
そろそろ説明に入ってもいいですかね」


「っ、あっ……!
ご、ごめんなさい……!」

『そうだ、監督さんいたんだった……!』


ぶっ……!


「遥くん?なんで俺のほう見て今にも吹き出しそうなのかな?」


「お気になさらず」