もう、キスだけじゃ足んない。


【遥side】


へえ……やってくれるじゃん。

俺のほうを見てニヤリと笑った日向さん。


『監督。
今のシーン、あとでもう一回いいですか』

その言葉の直後から今もずっと。


「なんか日向さん、今日変じゃない?」


「アドリブとかふだんしないよね」


「てか今、完全にキスしたよな……?」


現場にいたスタッフの視線のほとんどが、俺に向けられている気がする。


ッチ、バレてんだよ。


ひっ!


睨みつければ、慌てて持ち場に戻るスタッフ。

話してないで、仕事しろ、仕事。


「ねえ遥くん。
日向くん、胡桃ちゃんに……」


「してませんよ」


「え?」


「するわけない」


河内さんの言葉をスパッと否定する。


俺の目の前で?

こんなにたくさんのスタッフがいる前で?


あの人がそんな自分の名声に関わるようなことをするわけない。


ふだん、めったにしないアドリブで。

彼氏の俺がいるすぐ目の前で、彼女にキス、とか。


それに、なによりも……。


「でもそれにしたって……日向くん、一体どうしたんだろう?」


「たしかに珍しいですね。
いつもの日向らしくないというか、余裕がないというか……な、遥?」


「ふっ……」


「遥?」


へえ?

日向さんらしくない、ね。

余裕がない、ね。


河内さんと清見の会話。

思わずこぼれた笑みを隠せない。


「おい、遥」


「なんだよ」


「まさかおまえ、なにかしたのか?」


「なにかって?」


「日向に。胡桃ちゃんのことで」


「べつになにも」


俺は、ね。


「遥さんお願いしまーす!」

「じゃ、行ってくるわ」

「あっ、おい、遥!」