もう、キスだけじゃ足んない。



「ちょっと待っててね」


そう言って離れていった監督さんと入れ替わるように先輩が戻ってきた。


「すみません、1人だけ休憩挟んでしまって……」


「いいよいいよ!ぜんぜん!
大丈夫そう?」


「はい、いけます」


「あ、あの、先輩……っ」


「ごめんね、胡桃ちゃん。
がんばってくれてたのに、NG出しちゃって」


「い、いえ……」


監督さんの言った通り。

なにも言わないけど、私にはわからない、なにかべつの理由があったんだと思うから。


でも一応……。


「先輩……」


「うん?」

「体調、大丈夫ですか……」


顔色は、わるくない。

呼吸も特に変わりはなし。

問題なさそうだけど……。


「もしかして、心配してくれてる?」


「えっ!?
あっ、いや、その……」


「俺の秘密、共有した仲だもんね?」


ニヤッと笑った先輩に、慌てて顔の前で手をブンブンする。


前も、過呼吸になるまで我慢してたみたいだから、もしかしたらって思っただけで……!


べつに他に意味は……。


「ふふっ、ありがとう、胡桃ちゃん」

「え?」


私、なにかしたっけ……?

首をかしげる私に、先輩はクスッと笑うだけ。


「そういう無自覚なところが好きなんだけど」

「えっ!?」


「渡したく、ないな……」


切なく細められた瞳。

ボソッとなにかを言ったのは聞こえたけれど、それがなんなのかはわからなかった。


「ごめんね離れちゃって!
じゃあ、日向くんも戻ってきたし、気を取り直してがんばろう!さっきのシーンはあとに回して、次は本格的なベッドシーンに入るよ」


「はい」

「はい……」


っ……今度こそ、ベッドシーン。


「次は一気にハードル上がるから。
胡桃ちゃん、覚悟してね」


「監督……そういうこと、言わないほうがいいんじゃないですか」


「あっ……ご、ごめんね胡桃ちゃん!!」


聞かなかったことにして!


「……」


それは無理です、監督さん。


だって、覚悟して、なんて言われて。

緊張しないはずないじゃないか……!