もう、キスだけじゃ足んない。



「胡桃ちゃん、胡桃ちゃん」


「っ!!は、はい……」


「あ、ごめんね驚かせて。
怖かった?」


「い、いえ……」


会ったのはこれで3回目。

ずっと笑ってるイメージしかなかったから、正直、少しびっくりしました……なんて、言えない。


「力入るとすーぐしかめっ面になっちゃってね、困るよ、ほんと」


「ふふっ」


「おっ!」


んー……どうしたら良くなるんだろ。

ぐにゃっと手で押されたその顔。


思わずクスッと笑ったら、監督さんも安心したように笑った。


「あ、でさ、日向くんどうしたの?
なんか集中できてないみたいなんだけど……」


「それが私も分からなくて……」


さっきからずっとだ。

先輩、撮影始まってから、なにかべつのこと考えてる……?


「撮影中になにかあったとかではない?
もしかして体調わるいとか」


「特には、なにも……」


もしかしてまた体調わるいとか……?


前も過呼吸になってたし……。

だれも呼んできてほしくない、秘密でって言ってたから、結局周りには一切言ってないんだと思う。


というより、言いたくないのかもしれない。


期待、羨望、尊敬。


先輩が背負っているものは、一般人の私なんかじゃ太刀打ちできない、潰れてしまうくらい大きくて重いに決まってるから。

大人気の先輩にとって、弱い部分を見せることは、今一番むずかしいのかもしれない。

「でも珍しいんだよなー」


「え?」


「日向くん、歌でも俳優業でも、NGを出すことはほとんどないらしくて。完璧主義なんだって」


リテイクする話も聞いたことない。


「そうなんですか……」


なら、尚更どうして……。


「まあ、日向くんにもいろいろ思うことがあるんだと思う。本人も出したくてNG出してるわけじゃないと思うし、俳優さんはみんなそう。それぞれ理由があって自分からもう一回、もう一回って何回も粘る人もたくさんいる」


「はい」


「胡桃ちゃんも。なにか気づいたこととかあったらなんでも言ってね。どんな些細なことでもいいから」


「わかりました」