もう、キスだけじゃ足んない。



監督さんの通る声にパッと思考がクリアになる。



「どうしたの、急に。
最初はあんなによかったのに」

「すみません」


先輩……?


気づけばどこか落ちこんだような、元気のない先輩が目の前で深く頭を下げていて。


「集中、できてないんじゃない?」


「すみません」


っ……。


監督さんのワントーン下がった声に、現場の空気の温度も低くなった気がした。


「一旦このシーンはやめて次のシーン行こう。
はいっ、切り替え切り替え!」


あ……。

パンパンパンと手を叩いた監督と同時に、

先輩は私のほうは見ないまま、するっと手を離すと立ち上がった。


「すいません監督。
一回飲み物飲んできてもいいですか」


「いいよいいよ!
一回リフレッシュしてきな!」


すぐ戻ってくるだろうから、みんなはその場で待機ね!


はぁ……。


いつも通りの明るいその声に、ふぅっと一つ深呼吸。


ちょっと、寿命縮んだ気がする……。


ドラマの撮影とかって、基本こんなピリピリした感じなのかな……。

出演者の人がNG出したりする度に、空気が重くなったりして。


私だったら、耐えられない。

きっと、つらくて逃げ出すと思う。


ドラマをやってた桃華や杏をはじめとして、俳優さんたちって、本当にすごいし、尊敬する。