もう、キスだけじゃ足んない。



「もう、いやなんだ……桃華が一人で苦しむの」

「え……?」


ゆっくり上がったその顔は、もう泣いていなかった。

でもその目は、どこか切なげに揺れている気がして。


「一人にしたくない。
いっしょに、背負いたいんだよ」


俺の見えないところで、桃華が泣くのはいやだ。


一人で泣かせたくない、そばにいさせてほしい。


その涙もぜんぶ、俺が受けとめたい。


桃華がつらかったとき、苦しんでたとき、隣にいられなかった。

俺のせいで桃華は……って思ったら、一回振られたくらいで落ち込んで、ただの幼なじみでいるしかできなかった。


俺が、桃華にいろいろ言ってた子たちに、やめるように言いにいこうとしたときも。


『あたしは平気だから』


なんで、なんで、なんで……っ。


なんで桃華だけが苦しまなきゃいけないんだよ……っ。


アーティスト以前に、男として何一つできてない。


好きな子一人守れないで、泣かせて、こんなつらいこと言わせて、なにがアーティストだ。


なにも、できていないじゃないか。


情けなかった過去の自分。

なにもできなかった自分。


もういやなんだ。見ているだけなのは。


なにもしないで、好きな子が苦しむ姿を見ているだけなのは。


あのときした後悔は、もう二度としたくない。

しない、と、決めたから。


「あの……杏、」


「ん?」


ぎゅっと抱きしめたまま、桃華の肩に顔をうずめていたら、どこか気まずそうに胡桃からよばれた。


「水を差すようでわるいんだけど……桃華が泣いたの、べつになにかあったから、とか、されたから、じゃないよ」


「えっ……?」


そっと体を離して少し強引に顔を覗き込めば、桃華は泣いたのとはべつに、顔を真っ赤にしていて……。


「杏のことでだよ」

「え」


「桃華、杏のことで、泣いたんだよ」


「俺のこと……?」


え、本当にわからない。

どういうことだ……?


それ以上は言えない。


そんな胡桃の表情に、ますます俺の頭には疑問だけが残る。


「桃華……それってどういう、」