もう、キスだけじゃ足んない。



「桃華」


目の前の存在をたしかめるように。

うつむくその白い頬に手を当てて、大好きなその名前をよぶ。


「なにが、あったの?」


「……」


「俺には、言いにくいこと……?」


「……」


「桃華……?」


「っ……」


乱れた髪に顔が隠れて、表情がわからない。

なにも、言ってくれない……。


胸が鷲掴みされたように苦しくなる。


また、一人で……。


昔の記憶が蘇る。

俺のせいで桃華はいろんな女の子にきついこと言われて、苦しんだのに。


俺のこと、いくらでも責めればいいのに。

責めてくれたらよかったのに。


でもそれどころか、桃華はずっと、自分のことよりも、いつも俺の心配ばかりして。


『あたしは大丈夫だから、杏は仕事に集中して』


『大事な時期なんでしょ?あたしは大丈夫だから!』


俺が聞くたびに何回も何回も。


大丈夫、大丈夫だよって、いつも笑って。


一人でぜんぶ、抱え込んで。