それでもこの心地いい感覚は、あと1時間もしないうちに夢のように跡形もなく消え去ってしまうことも承知していた。
ほかのクラスメートが登校する頃には、この魔法は溶ける。そうすると私たちにある、壁みたいなのがまたはっきりと具現化してくるだろう。
たった二人きりの教室、おまけに早朝の眩しさに化かされていた、なんてふうに私たちはバラバラになる。
それでも私達は、ポツポツとたわいのない話をしながら三坂さんは問題集を進め、私は鞄から本を取り、読みはじめた。
しばらくしてふと、三坂さんが
「私も、これから早く来てみよっかなあ学校」
と零した。
「気に入った?」
「うん、だいぶね。柚香ちゃんの密かな楽しみを奪うことになっちゃったらごめんね」
「ぜんぜんいいの。一人が好きなわけじゃないし」
「え、そうなの? ひとりが好きだと思ってた。いつも本読んでるからあんまり人と話したくないのかなあって。ほら、一匹狼みたいなそんな感じだと」
「……自分で言うのもなんだけど、気づいた時にはひとりだったの。本は単に好きなだけだし。じつは一匹狼でもなんでもない、不本意ながらのひとりぼっち」
「まじ?」
「まぬけでしょ?」
三坂さんが目を丸くして、驚いているのが面白い。私はプッと吹き出してしまった。
三坂さんまでつられて「ごめん。なんか意外すぎて」と肩を震わせて笑っていた。
ひとしきり笑ったあと「柚香ちゃん好きだわあー」と親しみのこもった目をむける。
「みんな、柚香ちゃんのこんな可愛い一面を知らないなんて損してるな」
「ええ?」
「もっと早く話しかけるべきだったよ」
「そうかな」



