車に戻って小春を乗せ、アパートまでの道中、修哉は言う。
「今度は小春が話しをする番だ。
東京に来てからどうしてた?」
ピアノの旋律の余韻を残しながら夢見心地だった、一気に現実に引き戻された気分になる。
「小春」
修哉に促されて、小さく決心して話し始めた。
美容師になりたい夢を持って東京に来た事。美容院で一生懸命頑張った事。
そして辞めざる終えなかった店長との事。
出来るだけ、感情を入れずに淡々と話した。
それを修哉も静かに聞いていた。
気づけばアパートの横の駐車場に車は止まっていた。
修哉はその男への怒りに震える。
そいつは小春の他人を疑う事をしない素直な心につけこんで、
自分の歪んだ愛情を押し付け自分の物に無理矢理しようとしたんだと。
嫌な予感が頭を掠める。
言葉を選び、聞くのを躊躇する。
「そいつは…小春に何かしたのか?」
修哉はハンドルに突っ伏し、冷静になろうと息を一息吐き、小春に聞く。
怒りで声が震える。
首を傾け、何を聞かれたのか思案する。
純粋無垢な小春には言葉を濁しては伝わらないと理解して、ストレートに言葉を変える。
「手を出されたのか?」
「叩かれたって事?それは無いけど…キスされたりとか…押し倒されたり…」
修哉に話すのを憚られ震える言葉が小さくなる。
「それはもう犯罪だ!」
怒りに任せて、低く声を絞りだす。
車内の空気が震える。
びっくりして慌てて取り繕う。
「でも、
でも暴れて逃げ出したから、大丈夫だったんです。その後もう怖くなっちゃって、
仕事場にも行けなくてそれっきりなので、
先輩がそんなに心配しなくても、もう大丈夫なんです。」
泣きそう顔で一生懸命に弁明する。
「ごめん。小春を責めてるんじゃない。
何かあってからじゃ遅いんだ。
逃げれて良かった。
悪いのはその男だ。小春は被害者で、
何も落ち度は無い。」
修哉は気持ちを落ち着かせる為、目を閉じて空を仰ぐ。
きっと、そいつは諦めてないはずだ。
まだ、小春を探してるかもしれない。もしかしたらすでにどっかで見張ってるかもしれない。
「もっと早く会えてれば。もっと小春の力になれたのに…」
修哉は後悔する。
(大丈夫です。先輩は私にまた動き出す力をくれたから。『YUKI』の歌でまた立ち上がる事が出来たから)
と小春は心で思いながら、言ってはいけないような気がして言葉を止める。
沈黙が続いたあと、修哉がぽつんと言う。
「うちに来ないか?
このまま、小春を1人残して帰れない。もしかしたらそいつはどこかで小春も見てるかもしれない。また、襲われるかもしれないだろ。」
懇願する様に見る。
「えっ!」
突然の提案にびっくりする。
「これ以上。先輩にご迷惑をおかけする訳には行けません」
どうするべきか小春は動揺する。どう説得すれば、先輩は納得して帰ってもらえるんだろうか?
「小春は変な時頑固だから、きっとすぐには首を縦に振ってくれないよな。
じゃあさ。俺を小春のうちに泊めてくれないかな?」
「えっ!!」驚く。
泊まるって?うちに1DKの部屋に⁉︎先輩が⁉︎
「さあ。決まった。早く部屋に案内して、明日も仕事だ。早く寝よう。
車、ここに停めてもいいかな?」
そういいながら、速やかに車を降り始める。
「えっ?本気ですか?うち狭いですよ。」
慌てて後を追う。
「ちょっと先輩、まだ私了解してませんよ。」
今は夜中の12時近く、余り大きい声もだせず、ひたすら小声で先輩を止めようとする。
「小春が来ないんだったら、俺がここにいるしか無いだろ?
俺は小春を護る為にいるんだから、部屋に入れてくれないんなら、玄関先で寝るしか無い」
先輩の中では泊まるのはもう決定事項らしい。こういう時の修哉はどうしようも出来ない事を知っている。
小さくため息を吐いて従うしか無かった。



