あの頃も、私は修哉の弾くピアノを夢中になって聴き、弾いて欲しい曲をいろいろ弾いてとおねだりしていた。
なんて贅沢な時間だったんだろうと改めて思う。
こんなにも人を魅了してやまない修哉のピアノを独り占めしてたなんて。
曲が終わって、一斉にこの場に居た人々が拍手をする。
修哉は苦笑いしながら頭を軽く下げ、オーナーに向かって手を軽く上げありがとうと告げた。
席まで戻る道中、握手まで求められていた。
「ちょっとやり過ぎたか?」
席に座りながら修哉が困った顔で、苦笑いした。
涙目でぶんぶんと顔を横に振り、感極まって涙がこぼれる。
修哉は目を寄せ、慌ててハンカチを取り出し涙を拭く。
借りてたハンカチもまだ返してないのに、
またハンカチを借りてしまったと、心の隅っこで思う。
「今日は泣かさないつもりだったのに」と力なく修哉は言う。
泣き笑いしながら
「これは感動の涙です」と伝える。
「結城、さすがだなありがとう。」
オーナーがこちらに興奮さながらなってきた。
「一気にここにいるみんな引き込まれて、
空気が変わったよ。
また、時間がある時弾きに来て欲しいくらいだ。」
「ハハ…。ちょっとのつもりがやり過ぎましたね。」
修哉は困り顔でオーナーに話す。
「小春、そろそろ行こうか。
オーナー会計お願いします。」
立ち上がりながら言うと、
「お代は要らないよ。
ツケにしとくから今度またピアノ弾きに来てよ。彼女と一緒」
とこちらにウィンクしながら、言ってしまった。
「参ったな。」と修哉は呟き、机に一万円札を置き、頭を下げて店を後にする。
「私も払います。」
店を出てすぐ急いで言う。
「俺が誘ったんだから、
小春からはもらえない。しかも俺もツケだし。」と笑う。
「でも、机に置いて来たお金が…」
困り顔になる。
「きっと、オーナーももらってくれないよ。出演料とかなんとか言って返されそうだ。それより、また一緒にあの店に行ってくれた方が俺は嬉しい。」
それ以上は何も言えなかった。



