決心したように。
口をぎゅっと一度結び、それからゆっくり言葉を吐き出す。

「…先輩、

私はもうあの頃の私じゃ無いんです。 

夢ばっかり見ていた頃の、先輩が好きだって言ってくれた私じゃ無いんです…」
声が震える。

「小春は、今も昔も変わってない。
小春は小春のままだよ。」
揺るぎない声で、静かに言う。

「悪いけど、ここまで10年かかったんだ。
そんな簡単に終わらせるつもりはないから。」
苦笑いしながら、

「俺を納得させられる?」

先輩には、敵わないと、思う。
目に涙が溜まる。
ここで泣いたらダメ、口をぎゅっと結び泣くのを耐える。

「あの頃俺は、深い海の底を必死でもがき苦しんでいた。
小春が手を差し伸べて、明るい所に導いてくれたんだ。

ありがとう。
あの時、小春に助けられて俺は今ここにいる。」
首を傾げる。

私が?先輩を助けた⁉︎
私はただ、憧れてた先輩と話せて嬉しくて、
舞い上がってはしゃいでただけなのに?

「自覚ない?」
クスッと笑う。
「もし今、小春が深い海の底を必死でもがき苦しんでいるんなら、今度は俺が、小春を助けたいんだ。」

その瞬間、目から涙が溢れる。
唇が、肩が震える。
「なんで、なんで…
なんでそんな事言うんですか?

私は先輩に相応しくないから。
綺麗な思い出の中だけの私でいたいのに。」

「ごめん。俺は、それじゃ嫌だ。
小春が困ってる時、落ち込んでる時、悲しんでる時にこそ、そばにいたいんだ。」

「う、うう……」涙が止まらない。

修哉はポケットからハンカチを取り出し、渡してきた。

前にも同じ事があった。
最後に会った。先輩の卒業式の日。

涙が止まらない私に青いきれいなハンカチを渡してくれた。

片耳に2つもピアスをしてる人が、生真面目に、ハンカチなんて持ち歩いてる。
チグハグな感じに泣きながら笑ってしまった。
あの時、思わず聞いたんだ。
『なんで
なんで、ハンカチなんか持ってるんですか?』

『だって。
手を洗った時、拭くのが無かったら困るだろ?』
先輩は、ぶっきらぼうにそう呟いた。


同じ事を震える声で再び聞く。 

「なんで、先輩は、
いつもハンカチを、持ってるんですか?」

「だって。
小春の涙を止める為に、拭くのが無かったら困るだろ?」

もう、涙を我慢する事も止める事も出来ず。
ただハンカチを顔に当ててわんわん泣くしかなかった。

修哉は静かに優しく、小春を抱きしめる。

泣き止むまで、背中をトントン優しくなぜてくれる。

泣きすぎて。
どのくらいそうしてたのか分からないくらいに時間が過ぎた。

啜り泣きに変わった時に、
修哉はふいにつぶやいた。

「ハンカチじゃなくて、バスタオルが必要だったな。」

涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、再会して以来初めて、心から笑った。
 
小春が、昔のように笑ってくれて
修哉はほっとする。

「これから、ちょっとずつでいい、小春のいろいろを話して欲しい。
俺も…ちゃんと話すから。」

「はい…。」

修哉は、抱きしめていた腕をほどいて、ガードレールから立ち上がる。

修哉が前に手を差し出す。その手に静かに手を乗せる。

2人はゆっくり歩き出す。