夢を追って田舎から東京に来て3年。

夢破れ、他人の怖さに触れ、ちっぽけな自分を知り。現実はそんなに甘く無いんだって気付く日々。

櫻井 小春 24歳。
158センチ。母譲りの大きな二重に、透き通るほどの白い肌。一生懸命で、真面目だけがとりえ。
目立たないようにひっそり生きてきた。

小春には学生の頃、悩みがあった。髪色の色素が薄く栗色だという事。
中学の頃はこの髪色のせいで、染めても無いのに先生に注意されたり、先輩に目を付けられたりと、嫌な記憶しかない。

ごく普通の家庭に育ち、中学1年までは何不自由なく暮らしていた。
中学2年の春、突然父が兄を連れて家を出ていった。夏には苗字が母の旧姓、櫻井にかわった。
その頃から美容師の夢を抱き、専門学校に通ったのち、東京では有名な美容院に就職したが、

しかし、今はお弁当屋さんで、油の中の唐揚げと格闘している。

「小春ちゃん。唐揚げ弁当、3つ追加でお願い!」
「了解しました。」

こんな姿を故郷の母に知れたらきっと連れ戻されるかもしれない。 
そう思いながら忙しい昼時のお弁当屋さんで汗水流してせっせと働いている。


何がいけなかったんだろう?

私のどこが悪かったのかと、今でも悪夢にうなされるほど、小春は美容院での日々を思い出す。

あの頃は美容師になりたいと言う思いだけで、アシスタントととして頑張っていた。
いつか先輩達のようにカットが任されるようになりたいと、直向きに一途に。 

東京ではそこそこ名の知れた美容院だったから、毎日が忙しく、体を壊してやめてく人も結構いた。
1年目は雑用やシャンプー、カラーリングばかりの毎日で、手が荒れガサガサになっても、爪が剥がれボロボロになっても、文句ひとつ言わず食らいついてきた。

10時から20時までの営業後はシャンプー、カットの練習や、定期的に開かれる向上会議の為のレポート、週1の休みでも、マッサージや会話テクニックの為の講習会。

恋愛をする暇も無いほどの忙しい日々だった。それでもいつかはスタイリストになれる日を夢みて頑張っていた。

2年目になりあの人が店長になるまでは…

他の支店から保住店長が来てからだ。小春の全てが無になったのは…。
初めは、
『君に期待してるよ』と優しい言葉だった。

『僕についてこれば来年にはスタイリストになれるよ』
『君が頑張ってるから応援してるよ』

巧みな話術に踊らされて、あるいは洗脳されたのか、今、冷静になって考えると、あの頃の自分はちょっとおかしかったんだと思う。

保住店長の為にとだけを考えるようになっていった。
優しかった言葉がだんだん

『カットの練習付き合うよ』と仕事終わりも2人だけになる機会が増えて、

『小春は可愛いね』と、頭を撫ぜたり、時には後ろから抱きしめられたりとボディタッチが増えた。

徹底的なのは、お店の新年会で腰に手を回されて、俺の女だとばかりに他の従業員に話し、タクシーで送るからと家まで着いて来らそうになった。
その日はなんとかタクシーを降りて走ってその場を逃げたが、
怖くなって他の従業員に相談し、少し距離を置くようにすると、

途端に態度が変わり
『タバコが切れたから買ってきて』
『俺の部屋の掃除しといて』と、私用な要望が増えた。

気づいたら
『電話が鳴ったら1秒で出ろよ!』
『俺がコーヒーって言ったら何やっててもすぐ持って来い!』
とキツイ言葉が飛んでくるようになった。

他のスタイリスト居る中でも、
『トロい』『アホか』『これだなら田舎者は』心に刺さる言葉ばかりが溢れて、

最後は美容院のバック裏に無理やり連れ込まれて、キスをされ襲われそうになった。
なんとかその場は逃げ出す事が出来たが、
それ以来、小春は夜も寝れなくなり、朝は仕事場に行こうとしても靴を履く手前で体がガタガタふるえ涙が止まらないようになった。