彼女に衝撃的な再会を果たした後、
レコーディングスタジオに戻り、何事もなかった様に、黙々と仕事をした。

マネージャーの剣持はやけにしつこく小春の事を聞いてきた。
奴は、ちょっと心配症なとこがある。
いや、かなりかも。
そして要注意人物だ。

芸能人を支える人達は、
いつも、どこかアンテナを張り巡らせ、
新たな人を発掘しようと企み、
面白い事があればたかりたがり、刺激を求めたがる。

小春なんてかっこうな餌食になりかねない。
この世界に入ってその事だけはやけに、敏感になった。
誰にも心を開いてはいけない。

出来るだけプライベートは隠して、守りたい。
事務所に入る時、それだけは絶対だといい。
顔を出して活動する事を拒んだ。

『じゃあ。何で歌なんて歌ってるんだ。
みんな有名になりたくて、自分を見せたくて、歌手になるんじゅないのか?
君なんてルックスいいんだし、逆に歌がちょっとアレでもその見た目だけでも売れるはずだよ。』
と、社長は言っていたが、

俺の目的はむしろそれじゃない。

ただ、彼女が見出してくれたから、俺の存在価値を。
それを糧に、金を稼ぐ手段としただけで、

別に、料理が上手けりゃ料理人になっていたと思う。
俺にとって歌を作る事、歌う事は、その程度の存在だ。

なんなら、出来れば自分で歌わなくても、金が稼げるんだったら曲だけ作って売っても構わない。
ただ、心動くのは彼女の事だけだから。
彼女を思ってでしか曲は書けないし、歌は歌えない。
そんな心の狭い人間だ。

インディーズでバイトと掛け持ちで音楽活動をしてた頃、剣持が勤める会社のスカウトマンが俺を見つけて声をかけてきた。

今じゃ。
SMSやYouTubeから新人を発掘する事が多い時代なのに、こんな古臭い感じで出てくるのは久しぶりだと社長は言った。

俺としては、とりあえず、売れれば何でも良かった。

キーボード1つ持って、いろんな地方を渡り歩きながら、ただひたすら、
彼女に向かって歌を作り、歌っていた。

なんでこんなに彼女に執着してるのかって、
自分でも少しおかしいと思ったりする。

俺は今まで何かに執着するって事が無く、
親にさえ、自分にさえどこか冷静で、
他人事の様に接してきた。

彼女と会えなくなって10年。
彼女以外に関しては、常に冷静だった。

心躍る事もなく、斜め下から世間を見渡し、
だからって、世の中に逆らう事なく生きてきた。
自分の歌を誰かに届けたいなんてこれっぽっち思って無くて、
彼女にだけ届けたいと、届いて欲しい。

いつか会えると信じて、
いつか見つけ出してみせるという思いだけが頼りだった。