今日……よね……

私は会社の自席で、目の前に置かれた卓上カレンダーを確認する。

今日は4月8日金曜日。

あれから、ちょうど十年。

彼はきっと覚えていないだろう。

それでも、私は、27歳になった今も忘れられずにいる。

あんな本当にあったかどうか分からない出来事なのに。



「児玉さん、これ、月曜の10時に中川工業さんに持って行く書類なんだけど、今から頼める?」

課長が少し離れた自分の席から、書類をこちらに差し出している。

えっ……

今日は、定時で帰りたい。

あの場所へ行くために。

それでも、私は席を立って、課長の席へ向かった。

「これですか?」

課長が差し出した文書をざっと見た感じ、一から打ったとしても、おそらく1時間あれば出来そうな書類。

「分かりました。今日は予定があるので、月曜の朝、やりますね」

万が一の事を考えて、月曜は1時間早く出勤しよう。

「ん? 今日はデートか? 金曜だしな」

セクハラの意識なんてまるでない課長が楽しそうに尋ねる。

「まさか。ちょっと神様との約束を果たしに行くだけですよ」

「えっ?」

驚いた顔をする課長をそのままに、私は、書類を受け取り、席に戻る。

そう、これは、神様との約束。

決して(ひかる)との約束じゃない。

だから、会えなくて当然。

期待なんてしちゃ、いけない。

私は、定時前に机上を綺麗に片付けると、18時ちょうどに会社を出た。


いつもの自宅への道。
いつも通りに車を走らせる。

そして、間もなく自宅というところで、左に折れた。

細い路地を入り、鳥居傍の空き地に車を停める。

他に車はない。


ほらね。
十年も前のことなんて、覚えてるわけないのよ。

自嘲しながらも、私はひとり車を降りた。

鳥居の前に立ち、その先の石段を眺める。

確か、58段あったのよね。

2人で一緒に数えたあの頃が懐かしい。


私は、ふぅっと大きくひとつ深呼吸をすると、その石段に足を踏み出した。