紫苑ちゃんの記憶が戻って、伊織は居ないけれどこうして家族皆で食卓を囲んで笑い合って。


今まで、此処に来るまでは本当に恵まれない人生を送ってきたし何度も自分が嫌になったけれど。


このフワフワした感覚を、皆と一生一緒に過ごしていたいと思うこの思いを、きっと“幸せ”と呼ぶんだろうな。


紫苑ちゃんがどう誘拐されたのか、その後どんな生活を送ったかなんて別に聞かなくていい。


俺は、今彼女が此処に居てくれるだけで十分だから。




「ちょっと琥珀、今箸つけたでしょ!その唐揚げ自分のお皿に取って!」


「悪ぃ、左手使いずれーんだわ」


「左利き歴何年よ、嘘つかないで」


ふと目の前を見ると、母親オーラを醸し出す紫苑ちゃんと反抗期の子供のような態度をとった想い人が居る。


彼らを交互に見た俺は、声を上げて笑った。







「…楽しかったねえー」


数時間後。


俺は、調子に乗ってワインやらビールを開け、リビングで酔い潰れた成人男性を見ながらぽつりと呟いた。


未成年者である航海は先輩mirageからビールを一口貰った直後に床でダウンし、紫苑ちゃんは疲れたのかテーブルに突っ伏して寝てしまった。


「全く、誰が後片付けすると思ってんだよこいつらは…」


左手だけで器用にシンクに空の食器を置いている琥珀が、呆れたように天を仰ぎながら吐き出した。