ママの手料理 Ⅱ

ドンッという音で、周囲にいる男の目線が一気にこちらを向く。


「大也、感情的にならないで。紫苑は大丈夫だから」


湊さんのなだめるような声も、今の彼には届いていないようで。


「大丈夫じゃない!大丈夫なわけない!」


大也さんは髪を結っていたせいで若干癖のついた白い前髪を揺らし、私の目を覗き込んできた。


「ねえ、本当に覚えてないの……?」


彼の澄んだ目はゆらゆらと揺れていて、思わず息を飲む。



「俺が琥珀の事好きだって言ったのも覚えてないの…!?あの日、紫苑ちゃんが…、来てくれたのが紫苑ちゃんだったから言えたのに、!」


その後彼が吐き出した台詞に、私は自分の足を伝って全身に鳥肌が這い上がるのを感じた。


彼の目は食い入るように私だけを見つめていて、一瞬たじろぎかける。



彼は、今私に大切な何かを言ってきた。


大切なんだ、だって知っているから、私の身体がこの感覚を覚えているから。


ずっと忘れていた何かを思い出せそうなのに、まるで大きな石にせき止められているかのように記憶が蘇ってこない。



何かを必死に思い出そうとしている私が気付いたのは、


「え、……?」


(琥珀って、)


大也が“好き”だと言った人が、琥珀という名の“男”だということだった。