ママの手料理 Ⅱ

そこで彼女が同意を求めるように俺の方を見てきたけれど、俺はぴくりとも動けなかった。


彼女は確かに俺に向かって笑いかけているけれど、その笑い方はまるで初対面の人に向けるぎこちない笑みだ。


「おいお前、俺達が誰か分かるか?」


その時、ずっと黙っていた琥珀が口を開いた。


紫苑ちゃんは、まるで初めて琥珀にあった日の夜のように目を見開き、ごくりと唾を飲み込んだ。


俺達の顔を順に見て、そっと口を開く。


「だ、大也さんと湊さんは分かります。さっき自己紹介してくれたので…。でも、他の人達は知らないです、」


その返答に誰かが息を飲み、俺は目を見開いた。


(嘘でしょ、これって…これって、)



「洗脳と記憶喪失…ですか?」


航海のやけに震えた声が、俺の心の声を代弁した。








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「え…どういう事?僕の名前も分からない?信じられない…この黄金比を持つ美しい顔を見ても、何も思い出せないの?」


椅子を蹴って立ち上がり、私ー丸谷 紫苑ーに向かって彫刻の様に完成された顔を歪めながら尋ねてくる人を、私は呆然と見つめていた。


目を覚ました時、湊という人に私の名前は丸谷 紫苑だと言われたから、この人達からは0114番とは呼ばれない。