「海棠、ちょっといいか?昼飯を一緒に食おう」

高橋部長からのお誘いに嫌な予感がした。

懇意にしてもらっている洋菓子店オーナーから直々にオファーがきた案件は設計から内装まで全てを俺に任せたいというものだった、他の仕事やコンペをこなしつつ一年以上かけて創り上げてきた。

それはオーナーから聞いたこの店のコンセプトに今の俺の心情とリンクしたからだ。

その店も今月末にオープンを迎える。

そんな時期での部長からの話だ、面倒くさいことこの上ない。

オフィスの近くにある日本蕎麦店で高橋部長と向かい合わせで蕎麦を啜る。

高橋部長は天麩羅蕎麦、俺は鴨せいろ。

冷たい蕎麦を暖かいつゆにつけ、一気に啜る。

つゆに入っている鴨肉を頬張りながら

「例のお見合いならお断りですよ、俺には長く付き合っている恋人がいますから」

と、先制をかける。

「まぁ堅苦しく考えないで。会ってから考えてもいいだろ?結婚してるわけじゃないし、若くて可愛らしくて逆玉だぞ」

残った蕎麦を全てつゆにつけるとこれ以上無いほどに盛大に音をたてて一気に啜り上げる。

流石に、部長に対して怒りをぶつける事はできない為、蕎麦に八つ当たりをした形だ。

「俺は若くて可愛い子にも逆玉にも興味はないですよ」

高橋部長ははぁとため息をついてから

「取引先の社長からのたっての願いなんだ、一度会うだけでもしてくれないか」

「どうして俺が会社のために取引先の社長令嬢と見合いをしないといけないんですか、俺は単なる社員ですよ」

「お前の言うことはもっともなんだが、打ち合わせを兼ねて明後日の夜、食事会をすることになったんだ。決定事項なんで上司命令だ」

「明後日?何でそんな急に予定をいれるんですか、しかも俺の予定は無視ですか!」

「例のカフェはお前の手から離れただろう、今は急ぎの案件もないしあくまでも打ち合わせに向こうはお嬢さんを同席させるというだけのこと」

「そのお嬢さんは打ち合わせが必要な案件に関わっているんですか?」

「たしか来年の春に大学を卒業するということだから、まだ学生さんだよ」

「じゃあ、なんのために打ち合わせに参加するんですか」

高橋部長は伝票を手に取ると

「あくまでもこれは仕事で上司命令だからな。ここはオレのおごりだ」と言って席をたっていった。

くそっ

奢りなら特上天そばにすればよかった。

てか、明後日って・・・せっかく用意したのに



麻衣に会いたい

麻衣には合鍵を渡しているが使うことはない。

俺としてはマンションに帰ると「おかえり、食事にする?私にする?」的なシチュエーションを期待したことがあったが今まで麻衣が鍵を使うことはなかった。

俺も仕事の忙しさに忙殺されて麻衣とゆっくりと過ごすことができなかったことは確かだが麻衣の心がすこしづつ離れていっているような気がして下手に誘っていいのかわからなくなっていた。

あのカフェはいわば麻衣のために引き受けたような形だが、かえって二人の間に溝をつくってしまったような気がしてなんとか挽回したいと思っていた矢先の、まさかの麻衣の誕生日に強制的な接待というか、明らかに強制見合いをぶつけられてしまった。



部長にむしょうに腹が立つが打ち合わせだと云われれば承諾せざる終えない。