葵君と並んで道を歩く。なんだか急に葵君との心の距離が縮まったような錯覚がする。足がふわふわして、雲の上を歩いているみたい。

 だめだよ、勘違いしちゃ。葵君はみんなの王子様なんだから。

 同じ呪文を頭の中で繰り返す。


「日向先輩、あの、最近よそよそしくないですか?」


 葵君に唐突に言われて、私はどきりとした。

 よそよそしい。そうとれるかもしれない。

 でもそれは、私と葵君とは何でもない間柄なのだから当然といえば当然だ。変に仲良く見えたら、他の女子になんて言われるか。


「そ、そんなこと、ないと思う、けど……」

「そうでしょうか? 挨拶してもすぐに教室に入っちゃうし、何より『葵君』と呼んでくれなくなりました」

「それはっ! だって羽田君は王子で!」


 私は思わずそう答えた。


「や、やめてくださいよ!」


 葵君は頬を朱に染めて、困ったように唇を尖らせた。


「あれは勝手に周りが呼んでいるだけで、僕は困っているんです」

「それだけみんなにとって羽田君は、特別な、王子様みたいな存在なんだよ」

「そんなこと、僕は望んでない……」


 葵君は悲しげに目を伏せた。長いまつ毛が作る影が震えているように見えた。その姿に心が痛んだ。


「僕は、あの頃と何も変わっていませんよ。日向先輩まで僕のことを特別扱いするんですか? 」


 悲痛な声に胸が潰れそうになる。


 私はどうしたらいいのだろう。


「今は誰もいません。僕と、日向先輩だけです。あの。二人だけのときもダメなんですか? 『葵君』て呼んでください」

「……あ、葵君」


 私は迷った挙句に葵君にそう呼びかけた。葵君の様子をうかがうように見上げると、葵君は安心したように微笑んでいた。

 柔らかな幸せそうな笑顔に私の胸がとくんとはねた。


「嬉しいです。二人のときは、そう呼んでください。 じゃなきゃ、寂しいです」

「葵君……。うん。分かった」


 葵君はみんなに囲まれていながら孤独を感じていたのかもしれない。そう思って悲しくなった。私は自分が他の女子にどう思われるかばかりを考えてた。

 葵君。ごめんね。