「今日葵君見た? 私はまだなんだ」


 ともちゃんに言うと、ともちゃんは返事をしなかった。


「ともちゃん?」

「え? ああ、ごめん。何だって?」

「どうしたの、ともちゃん?」

「え? いや、何でもないよ?」


 ともちゃんはそう答えたけれど、心ここにあらずといった風にぼんやりとしていた。


「変なともちゃん。何か考え事?」


 笑ってともちゃんの顔を覗き込む。ともちゃんの勝気そうな黒い瞳が一瞬揺れた。


「ごめん、沙羅」


 ともちゃんは深く首を垂れて言った。

 私は首を傾げた。


「なんで謝るの?」

「ごめん!」


 ともちゃんは今度は私の目をしっかり見て言って、時計を見た。時計の針は12時40分を指していた。


「どうかしたの?」

「沙羅、体育館裏に行って! 王子が待ってるの! 後10分しかない……!」

「え? 葵君?」

「ごめん! 王子から、沙羅に休み時間に待ってるって伝えてって言われた! でも、でも! 私、ごめん!」


 泣きそうな顔でともちゃんは言った。

 私はもう一度時計を見る。

 葵君、まだいるかな。


「ともちゃん、いいの、ありがとう! 教えてくれて。私、行ってくる!」


 私は教室から駆け出した。

 久しぶりに全力で走る。階段を一気に駆け下りて、歩いている生徒をかわしながら、とにかく走る。

 体育館が見えてきた。

 葵君、まだいてくれるかな。