「あ、王子だ」

「うん。葵君だ。私、どんな顔すればいいんだろ」


 こそっとともちゃんに耳打ちすると、


「それは自分で考えなさい!」


 と返された。


「王子、こんにちは!」


 ともちゃんが葵君に声をかける。


「こんにちは、柳先輩、と……」


 視線をうろうろさせる葵君と目が合った。

 ごめんね。葵君。私、葵君にこんな顔をさせていたんだね。

 私は葵君の目を見つめた。葵君が不安そうな目を向けてくる。


「こんにちは、羽田君」


 私は笑って言った。

 葵君の表情がみるみる変わっていく。

 嬉しそうな人懐こい笑顔になった。

 久しぶりに見る葵君の笑顔に心がじんわり温かくなる。涙も出そうになった。


「こんにちは、日向先輩!」


 元気な葵君の声。久しぶりに聞いた気がする。


 ああ、やっぱり葵君が好き。


 それなのに、私は葵君を傷つけてしまっていたんだ。


「羽田君、あの、ごめんね」


 私の言葉に葵君はふわっと微笑んで、


「えっと、何のことですか?」


 と返した。

 葵君、優しい。

 本当、叶わないなあ。


「……ううん。ありがとう」


 私の言葉にもう一度葵君は笑うと、友達と歩いて行った。


「ふう。やっぱり最近の王子の元気のなさは沙羅のせいだったんだね。見た? 王子のさっきの笑顔。あんな笑顔、久しぶりだよ。焼けるなぁ」


 ともちゃんが言った。

 私は久しぶりに葵君と言葉を交わせて、胸がいっぱいになっていた。


「あ〜あ、沙羅もまあ、幸せそうな顔しちゃって!」

「そ、そうかな」

「そうだよ。まあ、良かったよ」


 そう安心したように笑うともちゃんはどこか寂しそうでもあった。