羽田葵君。私の好きな人。

 今は面と向かって葵君なんて呼べなくなってしまった。

 葵君とは親同士が友達で、幼い頃はよく一緒に遊んだ幼馴染だった。二つ年下の可愛い大切な男の子。だったのに。

 四歳のとき、私はピアノを、葵君も私のピアノから遅れること二年の四歳になってからフィギュアスケートを始めた。小学生の間はよくリンクに葵君を見に連れていってもらったし、葵君も私のピアノをよく家に聞きに来ていた。

 けれど、私はピアノを専門に進路を進めることはなかった。高校二年生の時、いくつかのコンクールに出た。そして、自分の実力を思い知ったのだ。今でも習いつ続けているけれど趣味の範囲だ。

 葵君は違った。

 彼は今、男子フィギュアスケート界で期待の星の一躍有名人になり、その端正なのに可愛いルックスから、ファンの人や学校の女子からは「王子」と呼ばれる存在になった。

 そして私にとっても、「年下の可愛い男の子」から、「好きな男性」になった。

 同じ中学校に通っていた葵君。中学一年生の葵君にはまだ幼さがあった。その後、二年の間、テレビでしか見ることのなかった葵君。

 私が高校三年生になった今年の春、彼は私と同じ高校に進学してきた。高校一年生になった葵君はさらにかっこよくなっていて、私は高校の制服を着た葵君にどきどきするのを止められなかった。
 
 校内でも目立つ葵君の姿はよく見かけるし、こうして葵君は声もかけてくれる。

 でも。

 彼はみんなの王子様で、私はただの女子高生。


 こんなに近くにいるのに。葵君。今のあなたは私にとっては遠い。遠いよ。