駅が見えてきた。

 葵君の隣は緊張するけど、でも、もう少しこのままでいたい。そう思った自分に驚く。

 私、いつのまにこんなわがままになったんだろう。


「葵君は今日も練習?」

「はい、練習に行きます」

「そうだよね、頑張ってね」

「はい!」


 駅に着いてしまう。何か、何か言わなきゃ。

「沙羅さん」


 葵君の足が止まり、私の方を向いた。


「うん?」

「練習、見にきませんか?」

「今日、これから?」

「いえ、今日じゃなくてもいいです。沙羅さんが来られる時に」


 葵君の練習……。私はすぐには返事ができなかった。


「いつでもいいんで、待ってます」

「……分かった。近いうちに必ず行くね」

「はい」


 葵君は安心したように笑った。


「あ〜あ。相合い傘おしまいかあ。またしたいですね」


 駅に着く直前に葵君から言われて、私はどきりとした。葵君がどんなつもりで言っているのかは分からないけど、でも、これからは雨の日のたびに期待してしまうかもしれない。


 電車の中では私は座席に座り、葵君は少し離れて立った。

 誰が見ているか分からないし、仕方のないことだと分かっても寂しかった。

 二駅目で降りるとき、私は葵君をそっと見た。葵君は私に笑いかけ、小さく手を振った。私も小さく手を振りかえして降りた。



 葵君との時間はあっという間に過ぎて、やっぱり現実感が湧かなかった。

 でも。

 私はそっと自分の肩に触れる。葵君に触れていた肩が覚えてる。葵君の体温を覚えている。

 葵君と相合い傘したんだ。

 私は少し幸せな気分になり、そしてそれ以上に切なくなった。葵君が隣にいない帰り道がなんだか遠く感じられた。

 私はどんどん欲張りになる。

 いけない。葵君は王子様なんだから。

 そう自分に言い聞かせても葵君を心が求めてしまう。

 スケートリンク。もう随分行っていない。

 行ってみようかな……。

 そう思って、スケートリンクを思い出すと、なぜか心がちりちりと痛んだ。

 あ、れ……? なんだろう。

 まあ、いっか。

 私は考えるのを諦めてベッドに入った。

 葵君のことを思い出すとすぐには眠れなかったけれど、いつの間にか眠ってしまっていた。

 夢でも葵君は無邪気に私に笑いかけて、私をドキドキさせた。