「沙羅? 沙羅?」


 ともちゃんの声がする。


「沙羅? どうしちゃったの? 今日はいつもに増してぼんやりしてるよ?」

「うん。 そうかも」

「ほら、王子だよ?」

「え?」


 葵君?!

 一気に頭が冴えた。

 本当だ。職員室から続く廊下を葵君が男子の友達と一緒に前から歩いてくる。

 あ。

 葵君もこちらに気がついた。そしてにこっと笑った。その可愛い笑顔にきゅんとする。

 すれ違う時に、


「日向先輩、柳先輩、こんにちは」


 と声をかけてくれた。私は教科書をぎゅっと胸の前で抱きしめながら、葵君の方を見た。

 葵君と目が合う。

 ふっと優しく葵君の目が笑んだ。 


「こんにちは、王子!」


 ともちゃんの返事に私も慌てて口を開く。


「こんにちは、羽田君」


 返す言葉が震えた。もう一度にっこり笑って葵君は歩いていった。


「はあ、今日も王子オーラ全開だね」


 ため息混じりのともちゃんの言葉に、


「そうだね」


 と頷きながら、また昨日のことを思い出す。

 一日経つとさらに現実感がなくなっていた。

 葵君、当たり前だけど普通だった。だから余計に夢だったのだろうかと思えてくる。