一通り弾いて、ふぅと息をついた。

 ピアノの椅子に座ったまま葵君の方を振り返ると、葵君は目を瞑っていた。


「終わりですか?」

「うん」

「最後に弾いた曲の名前を教えてもらえますか?」

「ショパンの『スケルツォ』の二番だよ」

「スケルツォ、二番。静と動のあるいい曲ですね。なんか、イメージが膨らむなあ」


 そう言う葵君はなんだか輝いて見えた。今日一番すがすがしい顔かもしれない。

 私もなんだか嬉しくなった。


「でもこの曲は先生に合格をもらってないから、まだまだ未完成なんだよ。本当はもっと素敵な曲なの。伸びやかな途中の部分は本当はもっと綺麗なんだよ」

「十分素敵でしたよ。どの曲も良かったけれど、そのスケルツォ? が一番心にグッときました。この曲いいな。演ってみたいな。打診してみよう」


 最後は独り言のように葵君は言った。

 真剣な葵君の表情は大人びて見えて、私は一人ドキドキした。


「沙羅さん、ありがとうございます。今日、沙羅さんのピアノが聞けて良かった。僕、頑張ります」


 こちらまで嬉しくなるような葵君のきらきらな笑顔。

 私はピアノを弾いて良かったと心から思った。


「うん、良かった! 頑張ってね」


 私が笑うと葵君ももう一度微笑み返して飲みかけの紅茶をゆっくり飲みほした。