「綺麗!海がキラキラしてて、映画みたい!」

はしゃぐ仁の頭を撫で、帆高はぼんやりと海を見つめる。波のさざめく音、そしてこの景色を見るたびに、あの日のことが鮮明に思い出される。そして、胸がギュッと苦しくなるのだ。

「お父さん?」

父親がいつもと様子が違うことに気付き、仁が心配そうに帆高を見上げる。帆高の瞳には、美しく輝く夏の海があった。だが、その瞳には薄らと涙が浮かんでいる。

「お父さん、大丈夫?どこか痛い?」

心配する仁に帆高は「大丈夫」と笑いかけ、「お父さんがお医者さんになろうと決めた人のことを、思い出したんだ」と言った。

「その人は、僕やお母さんが知ってる人?」

「ううん、知らない人だよ」

「その人はどこにいるの?」

「とても、遠いところにいるんだ」

どれだけ願っても、帆高の記憶の中でしか彼女には逢えない。元気な笑い声を聴くことももうできず、一緒に出かけることも、話すこともできない。