やわく、制服で隠して。

「まふゆ…!」

玄関のドアが開くと同時にママが駆け込んできた。
深春のお父さんに挨拶も無しに私を抱き締めて、肩を震わせている。

「ママ…ごめんね…。」

その後から深春に案内されて、パパがリビングに入ってきた。
深春のお父さんの隣で固くなっている彼をチラッと見て、拳を握り締めている。
きっと殴り飛ばしてやりたいのだろう。

だけどパパは、そうしなかった。
本当の“大人”がどういうものか見せつけられたみたいで、私は居た堪れなくなった。

「おい。ご挨拶がまだだろう。」

パパがママの肩をそっと揺すって、私から引き剥がす。ママは鼻をハンカチで抑えながら、力無くパパの隣に立った。

「この度は娘が大変なご迷惑をおかけし、申し訳ございません。何とお礼を申し上げたら良いか…。」

深く頭を下げるパパと一緒にママも項垂れて、私も頭を下げた。
深春のお父さんが立ち上がって、パパの肩にポン、と触れた。

「いいえ。ご無事だっただけで何よりです。同じ、娘を持つ父として大変胸が痛みます。どうか娘さんのケアを第一に優先してあげてください。」

パパとママが何度も謝罪とお礼を繰り返した。
深春が「それで、こいつ、どうすんの。」と低く声を出して、大人達が存在をすっかり忘れていたみたいに、一斉に彼を見た。

ママはもう一度私を見て、「こんな…痣が…酷い…。」と私の首に触れた。

「…っ…やッ……!」

ママに触れられた首筋。さっきの出来事がフラッシュバックして、嗚咽が込み上げる。
目に涙が溜まる。食い込んだ自分の爪と、リボンの感触を思い出す。

ゲホゲホと咳き込む私の手を握ってママは泣き続けた。
深春が背中をさすって、私の名前を呼び続ける。
手のひらからママの震えが伝わってくる。いや、もうこの震えが誰のものなのか、私には分からなかった。

「私は警察に突き出すのが一番だと思いますが、ご両親はどうですか。」

低く、冷静な声で深春のお父さんが言った。
彼が急に立ち上がって、パパの足元で土下座をして繰り返した。

「お願いします。二度とまふゆさんには近付きません。連絡も一切取りません。どうか警察だけは…。何でもします。だからどうか…!」

「お前…!」

彼に掴みかかって罵声を浴びせようとしたパパを、ママの声が止めた。

「やめてッ…警察なんてやめてください…。」

「なんで…俺は警察に突き出すつもりだ。野放しになんかさせるか!まふゆがこんな目に遭ったんだぞ!?このままにしたら全部こいつの思う壺だろ!」

「そうだよ!そんなの泣き寝入りじゃん!こいつ絶対再犯するよ!どうせ許されるって、まふゆみたいな子をどんどん作っていくんだよ!まふゆがこんなに苦しい目に遭ってるのに、そんな子が増えてもおばさんは平気なの!?」

やめなさい、と深春のお父さんが深春をなだめて、「お願い…お願い…。」とママは泣いてパパに縋った。

「何故ですか。」

深春のお父さんがママの前に片膝をついて訊いた。
鼻をすすりながら、ママが弱々しくいった。

「警察沙汰になったら好奇の目に晒されるのはこの男だけじゃありません。まふゆのことをあること無いこと、面白おかしく揶揄する人もきっと大勢…。今よりもっと辛い目に遭うかもしれない。それこそまふゆに一生の傷が残ってしまう。でも今なら…まだ…きっとやり直せます。だからどうか…。」

「おばさん…。」

「俺は…納得できない…。」

深春とパパが力無く項垂れた。彼は土下座をして額を床につけたまま、顔を上げない。
もしかしたら笑っているかもしれない。
ざまーみろって、思い通りだって、勝ったって思ってるかもしれない。

それでも…それでも私は…。

「私も…警察沙汰にはしたくない。」